【6話】日常への帰還。スマホの中にだけ居場所がある二重生活
帰りの新幹線、窓の外を流れる夜景を眺めていると、スマホが震えました。
「無事乗れた?気をつけてね」
彼からのLINE。つい数時間前まで体温を感じる距離にいたはずなのに、もう何日も会っていないような寂しさが込み上げます。
「乗れたよ。本当にありがとう、楽しかった」
短く返信しながら、私は自分の心が、すでに夫の待つ家ではなく、遠く離れていく彼の元にあることを自覚していました。
最寄り駅に着き、一歩地面に足をついた瞬間、駅の冷たい空気が「現実」を突きつけてきます。
「無事ついたよ」と報告すると、彼から「電話していい?」との返信。
本当は今すぐ、彼の声を聞いて安心したかった。けれど、家には夫がいます。
「今日は疲れてるから、お風呂入って寝るね」
彼への初めての、小さな「嘘」。これから始まる、終わりのない二重生活の序章でした。
自宅が近づくにつれ、足取りは鉛のように重くなります。
ドアを開け、「ただいま」と声をかけると、そこにはいつも通り、横になってスマホゲームに興じる夫の姿がありました。
キッチンには、山積みになった食べた後の食器。
私は絶望的な気持ちを押し殺し、黙々と洗い物を済ませ、お風呂へと急ぎました。
「早くしないと、ドライヤーの音がうるさいと怒鳴られる」
体に染み付いた恐怖心が、私を急かします。
けれど、この日の夫はなぜか機嫌が良く、私がお土産を渡すと「よかったね」と短く返しました。その「普通」の反応が、嘘をついている私には、かえって胸を刺すような違和感として残りました。
夫が隣の部屋で寝ている間も、私の心はスマホの画面の向こう側にありました。
翌朝、夫を送り出した瞬間に始まる、私と彼の「本当の時間」。
電話越しの彼の声は、昨日までよりもずっと甘く、私の心を離しません。
そして、彼から届いた「次の週末も会いたい」という誘い。
ここから先は、夫を欺くための『完璧な嘘』と、彼から初めて囁かれた「ある言葉」の記録です。
ここから先は
¥ 350
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
