見出し画像

〖アニメに関する教養〗日本を変えてきたエポックメイキングなアニメ――アトム、ヤマト、ガンダム、エヴァ、ジブリ、鬼滅から見るアニメ文化史

カルチャーのエポックメイキングな作品を学びたい!

アニメとは、単に「子ども向けの絵が動く番組」ではない。

日本におけるアニメは、テレビ、映画、漫画、音楽、玩具、ゲーム、配信、海外市場を巻き込みながら発展してきた巨大なポップカルチャーである。今では日本のアニメは世界中で見られ、アニメ産業市場も大きく拡大している。日本動画協会の「アニメ産業レポート2025」によれば、2024年のアニメ産業市場は3兆8,407億円となり、過去最高を更新した。特に海外市場は2兆1,702億円とされ、国内市場を上回る規模に成長している。

つまり、アニメはもはや一部のファンだけの趣味ではない。日本の文化、産業、キャラクタービジネス、国際的なコンテンツ輸出を考える上で、避けて通れない教養になっている。

この記事では、アニメをあまり見てこなかった人向けに、日本のアニメ史を大きく変えたエポックメイキングな作品を整理していく。

1960年代――『鉄腕アトム』がテレビアニメの型を作った

日本のアニメ史を語る上で、まず外せないのが手塚治虫の『鉄腕アトム』である。

1963年に放送開始された『鉄腕アトム』は、日本最初の長編テレビ用連続アニメとして制作され、現在まで続く日本のテレビアニメ文化の礎を築いた作品とされている。手塚治虫公式サイトでも、日本のアニメ文化隆盛の基礎を作った作品として紹介されている。

ここで重要なのは、『鉄腕アトム』が単に人気キャラクターを生んだだけではない点である。毎週テレビでアニメを放送し、子どもたちが決まった時間に物語を追いかける。こうした「テレビアニメを見る生活習慣」を作ったことが大きい。

映画館で特別に見るアニメではなく、家庭のテレビで毎週見るアニメ。ここから、日本のアニメは日常の中に入り込んでいった。

『鉄腕アトム』は、ロボットの少年アトムを通じて、科学技術、未来都市、人間と機械の関係を描いた。今見ると古典的に見えるかもしれないが、当時としては「未来を映像で想像する」強烈なメディアだった。日本人にとってアニメが、単なる娯楽ではなく、未来を考える想像力の装置になった最初期の代表作といえる。

1970〜80年代――『ヤマト』と『ガンダム』がアニメを大人の物語にした

1970年代に入ると、アニメは子ども向けのテレビまんがから、より重い物語を持つ作品へと変化していく。その代表が『宇宙戦艦ヤマト』である。

『宇宙戦艦ヤマト』は1974年10月6日にテレビ放送が始まったSFアニメで、放送50周年企画でも、多くの作品やクリエイターに影響を与え、社会現象となった作品として紹介されている。

ヤマトが画期的だったのは、アニメで「壮大なSF叙事詩」を描いたことだった。滅亡の危機にある地球を救うため、宇宙戦艦ヤマトがイスカンダルへ向かう。そこには戦争、犠牲、仲間、使命、ロマンがあった。

それまでのアニメが、比較的わかりやすい勧善懲悪やギャグ、ヒーローものとして見られがちだったのに対し、ヤマトは若者や大人の鑑賞にも耐える物語性を示した。アニメを「子どもだけのもの」から「ファンが熱く語るもの」へ押し上げた作品だった。

そして1979年に登場したのが『機動戦士ガンダム』である。サンライズ公式の作品紹介では、1979年4月7日から1980年1月26日まで全43話が放送された作品として掲載されている。

ガンダムの革命性は、ロボットを単なる正義のヒーローとして描かなかった点にある。そこにあるのは、地球連邦とジオン公国の戦争、少年兵として戦場に巻き込まれるアムロ、敵にも事情がある世界観、ニュータイプという人類進化の問いだった。

要するにガンダムは、ロボットアニメに「戦争ドラマ」と「政治性」と「人間の葛藤」を持ち込んだ。これにより、アニメは玩具を売るための番組でありながら、同時に大人が語れる思想性を持つメディアにもなった。

ここでアニメ文化は大きく変わる。アニメは、作品世界、設定、メカ、キャラクター、プラモデル、映画、ファンコミュニティが連動する巨大な文化になっていった。

1980〜90年代――ジャンプ、ポケモン、エヴァが国民的・世界的コンテンツを作った

1980年代から90年代にかけて、アニメはさらに大衆化する。

その代表の一つが『ドラゴンボール』である。ドラゴンボール公式サイトのシリーズ年表では、漫画が1984年に連載開始、アニメは1986年に放送開始したと整理されている。

『ドラゴンボール』は、冒険、ギャグ、修行、バトル、仲間、成長を組み合わせた作品である。特に『ドラゴンボールZ』以降は、強敵が現れ、修行し、限界を超え、さらに強くなるという構造が世界中で受け入れられた。

ここでアニメは、漫画雑誌、テレビ放送、劇場版、玩具、ゲームと連動するメディアミックスの王道を確立していく。子どもたちは漫画を読み、テレビで見て、カードやゲームで遊ぶ。作品が生活全体に入り込むようになった。

1990年代後半には『ポケットモンスター』が登場する。ポケモン公式サイトのアニメ作品一覧では、テレビアニメ『ポケットモンスター』が1997年から始まったシリーズとして掲載されている。

ポケモンの特徴は、アニメ単体ではなく、ゲーム、アニメ、映画、カード、グッズが一体になった点である。サトシとピカチュウの冒険は、ゲームでポケモンを集める体験と連動し、子どもたちの日常会話に入り込んだ。ポケモンは、アニメを「見るもの」から「遊ぶもの」「集めるもの」「友達と共有するもの」へ広げた。

一方で、1995年には『新世紀エヴァンゲリオン』が登場する。公式サイトでは、1995年のTVシリーズ放送開始から30周年を記念した再放送企画が告知されており、今なお作品が継続的に再評価されていることがわかる。

エヴァが画期的だったのは、ロボットアニメの形を借りながら、少年少女の内面、不安、孤独、親子関係、宗教的イメージ、心理的な断絶を描いた点である。明るいヒーロー譚ではなく、「なぜ戦うのか」「なぜ他人と分かり合えないのか」という問いが前面に出た。

つまりエヴァは、アニメを単なる娯楽から、解釈され、考察され、語られる作品へ変えた。90年代以降のアニメファン文化、考察文化、キャラクター文化に大きな影響を与えた作品だった。

2000年代以降――ジブリ、深夜アニメ、鬼滅、配信で世界市場へ

2000年代以降、日本アニメは映画としても世界的評価を高めていく。その象徴がスタジオジブリである。

特に『千と千尋の神隠し』は、日本アニメの国際的評価を決定づけた作品の一つである。スタジオジブリ作品の受賞一覧では、『千と千尋の神隠し』が第75回アカデミー賞長編アニメーション映画賞を受賞したことが記録されている。

ジブリ作品の大きさは、アニメを「子ども向け」でも「オタク向け」でもなく、家族、自然、労働、戦争、成長、喪失を描く映画芸術として成立させた点にある。『となりのトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』などは、単なるキャラクター消費を超え、日本人の風景感覚や自然観にも深く入り込んでいる。

2010年代以降になると、深夜アニメ、配信サービス、SNSによってヒットの構造が変わっていく。アニメはテレビで偶然見るものから、自分で選んで配信で見るものになった。海外のファンも、タイムラグの少ない形で日本アニメに触れるようになった。

その象徴的な作品が『鬼滅の刃』である。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、公開初日から3日間の興行成績において、平日・土日の国内歴代1位を記録したと公式に発表された。

『鬼滅の刃』が大きかったのは、漫画、テレビアニメ、劇場版、音楽、SNS、家族視聴が一気に結びついた点である。作画の美しさ、わかりやすい兄妹愛、鬼にも過去がある物語、主題歌のヒット、映画館での体験が重なり、令和の社会現象になった。

教養として押さえるなら、日本アニメは「時代ごとのメディア環境」とともに進化してきた文化である。

  • 1960年代の『鉄腕アトム』は、テレビアニメの型を作った。

  • 1970年代の『宇宙戦艦ヤマト』は、アニメを若者が熱狂する物語にした。

  • 1979年の『機動戦士ガンダム』は、ロボットアニメに戦争と思想を持ち込んだ。

  • 1980〜90年代の『ドラゴンボール』や『ポケモン』は、アニメを国民的・世界的なキャラクター産業に広げた。

  • 1995年の『エヴァンゲリオン』は、アニメを考察と内面表現のメディアに変えた。

  • ジブリは、アニメを世界が評価する映画芸術に押し上げた。

  • そして『鬼滅の刃』は、テレビ、映画、配信、SNSが結びつく現代型ヒットを示した。

アニメの教養とは、作品名をたくさん知ることだけではない。
それぞれの作品が、どの時代に、どのメディア環境で、何を変えたのかを知ることである。

日本のアニメ史をたどると、そこには戦後のテレビ普及、漫画文化、玩具産業、映画産業、ゲーム、インターネット、配信、海外市場の変化がすべて重なっている。アニメは、絵が動く娯楽であると同時に、日本社会と世界市場を映す鏡でもある。

いいなと思ったら応援しよう!