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苦手は、私らしさの入口だった

苦手は、私らしさの入口だった

著:Emi


私は長い間、「苦手」は乗り越えなければならないものだと思っていた。

苦手な自分は変えなければいけない。

克服しなければ前に進めない。

そんなふうに、「苦手」を自分から切り離そうとして生きてきた。

でも今なら思う。

苦手は、敵ではなかった。

角度を変えて見てみると、苦手だと思っていたものは、ずっと私のそばにいてくれた大切なパートナーだったのだ。

この物語は、苦手を克服した話ではない。

たくさんの出会いを通して、自分の思い込みに気づき、本来の自分を少しずつ思い出していく物語である。


私は昔から、自分の声に自信がなかった。

「声が通らないね。」

「もっとはっきり話して。」

そう言われるたびに、自分の声を否定されたような気持ちになった。

伝えたいことがあっても、途中で言葉が詰まる。

聞き返されるくらいなら、「ううん、大丈夫」と笑って引き下がる。

そんなことを繰り返すうちに、「私は表現することが苦手なんだ」と思うようになっていた。

けれど、今振り返ると、表現することが苦手だったというよりは、聞き返されるたびに、その“声”に少しずつ距離を持つようになっていたのだと思う。

本当は伝えたい気持ちがあったのに、その声をまっすぐ差し出すことが怖くなっていた。

高校では部活動の部長を務め、人の前に立ち、仲間と一緒に何かをつくることが好きだった。

みんなで笑い、みんなで悩み、同じ目標に向かって進む時間が好きだった。

今思えば、人とつながることも、表現することも、本当は好きだったのだと思う。

そんな私が、自分を閉ざす出来事があった。

高校三年生のある日。

出来事そのものは、今振り返れば些細なことだったのかもしれない。

けれど、あのときの私には、とても大きな出来事だった。

悔しくて、どうしても涙があふれた。


その涙は、誰かに見せるためではなく、自分でも抑えきれなかった、ありのままの感情だった。

そのとき、一人から言われた。

「泣くなんて卑怯だ。」

その一言は、想像以上に深く私の心に残った。

あのとき私が欲しかったのは、励ましの言葉でも、正しさを教えてもらうことでもなかった。

ただ、この悔しさを分かってほしかった。

あふれてしまった涙の奥にある気持ちを、受け止めてほしかった。

でも、私に返ってきたのは「泣くなんて卑怯だ」という言葉だった。

その瞬間、私の中で「感情を見せても、分かってもらえない」という思い込みが生まれた。

誰かに話すこともしなかった。

話しても伝わらないと思ったから。

私は、その出来事を胸の奥へ静かにしまい込んだ。

あの日の私は、その言葉をそのまま受け止めてしまった。

「泣くことは、よくないことなんだ。」

「涙を見せる私は、弱い人間なんだ。」

そんな思い込みが生まれ、私はいつの間にか、自分の感情よりも、人からどう見られるかを優先するようになっていった。

「泣いてはいけない。」

「弱みを見せてはいけない。」

そう思った私は、自分の気持ちを少しずつ心の奥へしまい込むようになった。

泣きたいときも笑う。

つらくても「大丈夫」と答える。

本当の気持ちを口にする前に飲み込む。

そうして私は、自分を守るために、弱さだけでなく、本当の自分まで閉ざしていった。

あの日から、私の心の扉は静かに閉じ始めた。
それでも、心の奥では「本当は伝えたい」という小さな声だけは、消えることなく生き続けていた。

あの頃の私は、その声に気づくことも、耳を傾けることもできなかった。

けれど、その小さな声は、この先の出会いによって、少しずつ私を外の世界へ連れ出してくれることになる。


その声に、もう一度耳を傾けるきっかけになったのが、大学での出会いだった。

大学で手話サークルに入り、聴覚障害のある友人ができた。

もっと相手のことを知りたい。 もっと話せるようになりたい。

その想いから、私は手話を学び始めた。

手話を覚えていくうちに、私は初めて気づいた。

「伝える方法は、一つじゃない。」

言葉だけではなく、手や表情、視線、そして心でも、人は想いを伝え合えるのだと知った。

やがて手話サークルで、手話歌を発表する機会が訪れた。

歌い終え、客席へ目を向ける。

会場は、とても静かだった。

その静けさの中で、たくさんの人が両手を高く掲げ、手首を返しながら、キラキラと手話の拍手を送ってくれていた。

涙を流してくださっている方もいた。

声は聞こえない。それでも、「ありがとう」が会場いっぱいにあふれているようだった。

その景色を見た瞬間、私の涙も止まらなくなった。

高校三年生のあの日、悔しさで流した涙とは違う。

あの日は、「泣くなんて卑怯だ」という言葉で心を閉ざした。

でも、この日は違った。

心を込めて届けた歌が、確かに誰かの心へ届いた。

そのことが伝わってきて、私も涙があふれた。

涙は、弱さではなかった。

人と人の心がつながった証だった。


そんな私の人生を、さらに大きく動かした出会いがあった。

きっかけは、手話歌だった。

手話で届けられる曲を探していたとき、一曲の歌が心に残った。

『僕のこと』。

この歌を、いつか手話で届けてみたい。

そんな想いが心に芽生え、その歌にまつわる動画を調べ始めた。

すると、一人の表現者の動画が目に留まった。

いや、「目に留まった」というよりも、引き寄せられたという方が近いのかもしれない。

一本の動画だった。

初めて見たはずなのに、不思議と初めてではないような感覚があった。

「あれ……この人を知っている。」

そんな言葉が、心の奥から自然と浮かんできた。
理由は分からない。

けれど、その人の声や表情、言葉に触れた瞬間、胸の奥の何かが大きく揺れ動いた。

気づけば、涙が流れていた。

悲しいわけでもない。

うれしいわけでもない。

それなのに涙だけが止まらなかった。

何に触れたのか、そのときは言葉にできなかった。

ただ、心の深いところが震えていた。

「会いたい。」

その想いは日に日に大きくなっていった。

そして私は、大阪へ向かうことを決めた。

実は、そのときが人生で初めて、一人で新幹線に乗る日だった。

不安はあった。

それでも、それ以上に「行きたい」という気持ちが勝っていた。

初めて、自分の心に従って行動した瞬間だった。

たった二時間のための往復。

観光をするわけでもない。

すぐに帰る予定だった。

それでも、その二時間は私にとって、一生忘れられない時間になることを、まだ知らなかった。

新幹線の中では、自分の鼓動が車内に響いているのではないかと思うほど緊張していた。

それでも、不思議なくらい、すべてが味方をしてくれているような時間だった。

そして、初めて本人と対面した。

ドキドキはさらに大きくなった。

でも、それ以上に胸に広がったのは、

「やっと会えた」

という、ほっとするような安心感だった。

気づけば、また涙があふれていた。

「本当に来たんだ。」

初めて一人で新幹線に乗ったこと。

自分のためだけに時間を使ったこと。

そのすべてが現実になった瞬間だった。

あの日交わした握手。

あの手の温もりを、私は今でも覚えている。

スタジオに入ると、そこにあった緑色のライトを見て、不思議な懐かしさを感じた。

どうしてそう感じたのかは分からない。

けれど、「ここを知っている」という感覚だけが残っていた。

私は、その人の表現が大好きになった。

言葉だけではなく、想いを届けようとする姿。

そして何より、表現するときにふっと切り替わる、あの真剣な眼差し。

動画では見ることのできなかった、その目に私は強く心を動かされた。

その瞬間、私は思った。

「私も、同じ舞台に立ちたい。」

その人になりたいのではない。

私も、自分の言葉で、自分の想いを届けられる人になりたい。

あの瞬間、私は、これまで歩んできたすべての経験が、この出会いにつながっていたのだと感じた。

歩んできた道は違っていた。

それでも、ようやく再会できた。

そんな時間だった。

もっと自分の声を知りたい。

もっと自分らしく伝えられるようになりたい。

その想いに背中を押され、私はボイストレーニングの扉をたたいた。


伝えたい歌があった。

それは、自分で詩を書き、作曲してもらった大切な一曲だった。

どうしても、この歌を自分の声で届けたい。

けれど、歌は苦手だった。

高校生の頃から閉ざしてきた心は、声を出すことにも影響していたのかもしれない。

それでも、もっと自分の声を知りたい。

もっと自分らしく届けたい。


初めてのボイストレーニングは、歌を上手に歌うための時間ではなかった。


恥ずかしさを超え、自分に戻っていく時間だった。

声を出すたびに、少しずつ心もほどけていくような感覚があった。

あの日、高校三年生で閉ざした心の扉が、少しずつ開いていくようだった。

私はずっと、声も歌も苦手だと思っていた。

だから、発声や歌い方を学べば変われると思っていた。

けれど、レッスンで教わったのは、技術だけではなかった。

声は、心と体につながっている。


呼吸が変わると、声が変わる。

心がほぐれると、響きも変わる。

そこで私は初めて気づいた。

「声が出ない」のではない。 「私は声を抑え込んで生きてきた」のだ。


高校三年生のあの日から、私は泣くことも、弱さを見せることも、自分の本当の気持ちを伝えることも、少しずつ心の奥へしまい込んできた。

だから、声を解放するということは、ただ大きな声が出るようになることではなかった。

自分の内側を解放することだった。

苦手だと思っていたものは、私を苦しめるものではなく、自分自身を知るための入口だった。

少しずつ、自分の声を好きになれた。

少しずつ、自分の想いを言葉にできるようになった。

だから今、私はラジオで言葉を届けている。

手話で歌を届けている。

小説で、人の心を描いている。

あの日、「泣くなんて卑怯だ」と閉ざしてしまった私の声は、たくさんの出会いを通して、少しずつ息を吹き返していった。

表現とは、上手に伝えることではない。 自分を生きること。

今の私は、そう信じている。


だからこの物語は、「苦手を克服した話」ではない。

人との出会いを通して、自分の思い込みに気づき、本来の自分を少しずつ思い出していく物語である。

今でも、苦手だと思うことはある。

迷う日も、立ち止まる日もある。

それでも私は、もう苦手を消そうとは思わない。

その奥には、自分らしさへ続く入口があることを知ったからだ。

振り返れば、私が遠ざけようとしていた声も、涙も、感じすぎる心も、ずっと私の中にあった大切な一部だった。

声も。

涙も。

感じすぎる心も。

すべてが、私を私らしく生きるために必要なものだった。

もし今、あなたにも「苦手」があるのなら。

その苦手は、本当に乗り越えるべきものだろうか。

もしかすると、その奥には、まだ出会っていない“あなたらしさ”が眠っているのかもしれない。

苦手は、終わりではない。

私らしさが始まる、静かな入口なのだから。


#創作大賞2026 #エッセイ部門

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