書くことは、“生活の中のしあわせ”でもいい。
ある出版社のメールマガジンに、こんな文章がありました。
本を出したいという方は少なくありません。
ただし、本を読む人は減っています。本を買う人も減っています。
そのために本屋さんも減っています。(略)
改めて、本を出したいという人は、なぜそう思うのでしょうか?
もちろん、答えはありません。
今日は、これを読んで、私が思ったことを書いてみようと思います。
書く人が増えているのに、読む人は減っている。書く人たちは「誰にも読んでもらえない」と呟いている。
今、「書きたい人向け」のビジネスはとても活発です。出版セミナーやコミュニティ、有料マガジン、Kindle出版サポート、ライティング講座など。発信する場も、サポートする仕組みも、次々に生まれています。
書きたい人が、書けるようになる。自分の文章に少しずつ自信が持てるようになる。誰かとつながれたりもする。
でも、「こんなことして意味があるんだろうか?」という悩みも、よく見たり聞いたりするわけです。
夢を持って、それを現実にする行動は素晴らしい。けれど、「そこに辿り着けなければ意味がない」と思い詰めてしまうと、書くことが、義務や執着に変わっていくのかもしれません。楽しむはずだったのに、いつの間にか苦しくなってしまう。
実は私も、いろいろなセミナーに参加したことがあります。コンサルティングを受けたり、文章を添削してもらったことも、コミュニティに入ったり、Kindle本も2冊出してみました。
その瞬間はすごく楽しかったし、今でも感謝しています。でも何者にもなっていないし、生活も変わっていません。それでも、まだこうして、毎日この場所で書き続けています。
自分にとって「書くこと」は、どんなスタイルが楽しいか?それを考え続けるためには、セミナーやコミュニティも一つの選択肢だと思います。メンバーシップで知見を体感すれば、視野が広がって、アップデートも期待できます。
もちろん、無理をする必要もありませんが、「こうすれば何かが変わるかもしれない」と思う事はどんどん試してみても良いと思います。仲間がいたほうが楽しいなら、気の合う人を見つけられたら素敵です。そして本当に世界が変わる人もたくさんいるでしょう。
その上で、またひとりで静かに書く時期に戻ると、かけがえのない時間に落ち着くかもしれません。いずれにせよ、書くことを楽しめていればそれでいいし、楽しめなくなった時が、立ち止まる時ではないでしょうか。
そしてもうひとつ。
書くことが「趣味」でも、まったくいいと思うのです。
「好きを仕事にしよう」という考え方もあるし、憧れます。でも、「好きを仕事にしないといけない時代だ!」みたいな空気に、ちょっと疲れてしまうこともある。
仕事にしようと思ったら、需要と供給のバランスを考え、売上をつくるための仕組みに全力投球することも、当然です。身も時間も削って、覚悟を持って突き抜けた人は、すばらしい。
だからと言って、好きなように好きなだけ書きたい、という自由でゆるい気持ちが否定されるものでもありません。「書いてもどうせ」という気持ちは消えなくても、どうしても書いてしまう。ならば、書く。それで、いいかなぁと。
私は、洗濯物を畳みながら、自作のレッドアイ(ビールとトマトジュース)を飲みながら書く時間が、とても好きなんです。
思考するのが好きで、言葉にしていく作業も好きで。家事は苦手なので、お酒を呑んでごまかしながら。「ねぇ、聞いて!」という気持ちで書いています。一方的ですよね。
もちろん、読んでくださった方がちょっと笑ってくれたらいいな、心の機微に触れることがあるといいな、とは思ってますけど。
つまり、書くことは、夢でも仕事でも戦略でもなく、“生活の中のしあわせ”でもいいと思います。
書くのが好きで楽しいなら、書いていれば、しあわせだと思えますからね。立派ですよ、たのしく生きてるってことです。
でも、ずっと書き続けていたら、逢いたい人に会えたり、とんでもない景色を見られるかもしれないし、知らなかった世界に飛び込めるかもしれないなぁ。そんな期待は、これからも大事に持ち続けていようと思います。
ひとりで書いているつもりでも、読んでくれるあなたも、きっとどこかで何かを書いていて。書くことは、どこかでつながっているんですよね。静かに言葉を交わしているようでもあり。
読んでくれて、ありがとう。
書いてくれて、ありがとう。
これからも、おたがいのペースで書いていきましょうね。
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いつも温かいサポートありがとうございます。大切な時間をくださって、すごくうれしいです。これからも心を込めて書いていきます。