生きる意味は、僧が考えることである。
「生きるってなんなんだろう」なんて考えてしまうんですよね。生まれた時からずっと。
いや、そんな深刻な顔して考えるわけじゃないですよ。ただ、ふとした瞬間、ぼーっとしてたら、出てきてしまう性と言いますか。本もたくさん読みました、話も聞きに行きました。
そんな中で、コレだ!
と思ったのは、
テレビでマツコ・デラックスさんと有吉弘行さんが、視聴者からの手紙を読んでいた時の話です。
「何のために生きてるか分かりません」
という内容が届いていて。
マツコさんがこう言ったんです。
「そんなことお前が考えても答えは出ね〜んだよ!それは、僧が考えることなんだから!」
有吉さんは隣で「そうそう!そもそも、それを考えてところで答えがでるって思ってる時点で、もうダメ。お前には辿り着けない」って。※これは私の言葉の解釈あり、実際の細かいところは違うかも
私はもう、ひとりで笑い転げながら「最高すぎる、ありがとうございます!」と声を出しました。
そうなのです。
生きる意味って、私が冷蔵庫を開けながら考えるようなテーマじゃない。
そんなことを考える暇があったら、必要な食材と調理の順番を考えた方が有益。目の前の家族の食生活を考えてりゃいいんです。
壮大なテーマはお坊さんとか哲学者とかに任せよう。
このお二人のすごいところは、「考えても無駄だよ」って言いながら、「それでも生きてりゃいいじゃん、それが事実です!」って空気をちゃんと残していたところでした。突き放すようで、実は優しい。
だから私も思ったんです。
「何のために生きてるか分からない」って思う夜があったとしても、とりあえず何かを食べよう。そして、ぐっすり眠ろう。
深夜にお腹が空いてしまったら、納豆ご飯を食べることを許そう。明日の朝ごはんのメニューを考えておくと、より明日の朝も「生きててよかった」と思えるかもしれない。
ベーコンエッグもいいし、フレンチトーストも良い。でも結局卵かけごはんが最強説だよな~と考え、「え?私、めっちゃ生きようとしてるやん!」って思えたんです。
生きる意味を見つけるより、生きてる間に「おいしい」「うれしい」を何回言えるか、そのほうがよっぽど大事なのかもしれません。
今日食べたいものは何ですか?それを食べるために、今日を生きる、その連続でいいのかもしれません。
私のご褒美級ランチを置いておきます。
温まってください。

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