僕たちは まだ、愛を知らない
僕は、生まれるときに
ふたつの小さな欠片を持っていた。
左手には “あ”。
右手には “い”。
“あ” は、ふっと湧き上がる衝動。
“い” は、うんっと決める意思。
それだけを初期装備に、
この世界に飛び込んできた。
本当はみんな同じはずなのに、
感情の起伏も、不器用さも、体温も違うから、
あ?
い?
あー…
いっ!
あ、い?
あ!い!
と、無限のバリエーションを抱えて生きている。
ある日、僕は、ふと思った。
「この “あ” と “い” を、誰かと掛け合わせたら
“あい” になるのかな?」
昔、どこかで読んだことがある。
人が人生でちゃんと向き合って会話できる相手。
仕事も日常も含めて、心が少しだけ動く相手は、せいぜい1,000人くらい。
その中でさらに、
価値観が合って
歩幅(生活テンポ)が合って
人生のタイミングまで噛み合う
この3つが同時に揃う確率はだいたい6%前後。
「へぇ、6%かぁ。
でもゼロじゃないんだね。」
そう受け取れるのが、僕のいいところだ。
そしてある日、
僕は君と出会った。
会話のテンポはずれるし、ちょっと黙ると面倒くさくなるし、“い?”とか“あ~!”とかバグる。
でも、なぜか気になる。
ふたりは何度もぶつかった。
あ~
い?
あー!?
い、もういい!
ノイズばかりで、
「これのどこが“あい”なんだ」と思う日もあった。
だけど、ある晩、ふと気づく。
「6%って、“完成された相性の確率”じゃなくて、“ここから育てたい相手の確率”じゃない?」
つまり、
スタートラインの可能性が6%。
そこから先は、試行錯誤。
そこから、
ふたりは少しずつ変わってゆく。
君の足りないところを数えるのをやめた。
僕のめんどくさい気持ちを諦めなかった。
ふたりの沈黙のスピードは寄り添うようになった。
散らかった感情の後片づけを、丸投げし合わないようにした。
僕も君も一緒に居る時は、相手に集中した。
僕と君が離れている時は、お互いの人生に集中した。
すると、不思議と
あ?
い?
が、
あ、
い。
に整いはじめた。
そしてある朝、
“あい”
かもしれないと思った。
完璧じゃないし、ドラマチックでもない。
不可思議とも思えるのだけれど、ただ、目の前に君がいる。
沈黙がやわらかい。
昨日の事も忘れられるし、明日の事も考えなくていい気がする。
君は、うれしそうに言った。
「6%から、100%になったのかな?」
僕は笑った。
「どうだろう。60%くらいじゃない?」
100%なんて、
求めなくていい。
僕は傷を持って生まれてきた。
君の傷も僕は知っている。
この日ふたりは
“あい” に触れた。
100%なんて、
誰も辿りつけない。
僕たちは未完成のまま、
一緒に歩いていく。
時を超えて形を変えて、
君と出会うために、またここに来たのだから。
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