子どものしあわせは、子どもが持っているから
子どものしあわせのために、何ができるだろう。
私は「衣食住の提供」と思い浮かべる。
清潔な洋服を着させる。
お腹を長く空かせないようにご飯を出す。
安心して帰ってこられる場所を維持する。
そんなの当たり前?
いやいや、精いっぱい。
でも、それで十分。
だって、それ以上の「子どものしあわせ」は、子どもの中にあるから。
だから子どもの話をとにかく聞く。
そして、さらに聞く。
「なんでそう思ったの?」「それ、私にも教えて」と問いかける。
子どもには、好きなものや嫌いなものがある。いわゆる個性。
なんてカッコイイ風に言ってみたけれど、これは最近思ったこと。
もともと私は、子どもには早く「好きなこと」を見つけてほしくて、幼い頃からいろんな習い事をさせた。けれど全く集中力がなく、すぐに飽きてしまった。「あれもつまんない、これも別に。」と、YouTubeだけが集中の時間。
大丈夫なのだろうか。
不安だった。
このまま動画再生以外に、何にも興味を持たなかったらどうしよう。
私は、本と英語が好きだけれど、子どもはどちらにも興味を示さなかった。むしろ拒否。どれだけ読み聞かせをしても、英会話に通わせても「つまんない、嫌い」の一点張り。
嫌いなのは嫌いで良い。けれど、特に何かが好きという印象もなかった。
よく踊っていたので、「ダンスを習ってみる?」と聞いたものの、「教えてもらうのが嫌。好きな時に好きな曲で好きに踊りたい。」と言う。
誰にも指示されたくない。
何にも縛られたくない。
好きなことしかしたくない。
じゃあ、好きなことって?
そんな娘が、幼稚園でピアノに出会った。
とても気に入って、発表会でも上手に弾いていた。
私は、これなら!と思って、サンタさんに電子ピアノをお願いした。クリスマスの朝に届いたピアノを、子どもは嬉しそうに触っていた。
しかしながら、それきり5年ほど、ピアノは部屋の片隅で、洋服の置き場になった。ピアノ教室に通うつもりだったけれど、結局それを拒否。「教えられるのは楽しくない」と言った。
なんのためのピアノだったのだろう、と私は途方に暮れた。
であれば思い切ってピアノを手放そう。
しかし、私がその提案する度に「ダメ、置いておいて」と言った。
しかし中学生になって、急にピアノを弾きはじめた。
それはYouTubeを見ながら、見よう見まねで。「未経験でも弾ける」的な動画を頼りに、どんどん弾くようになった。
そしてある日突然「合唱コンクールのピアノ伴奏に立候補したら、選ばれた~!」と帰宅。
いやいや、重大責任ですよ。
「習ったこともないのに?課題曲もまだ決まってないのに?」と焦る私に、「え、YouTube見たらできるやろ」と笑っていた。
それから練習する姿を見ていると、本当に弾けている。しかも、ちゃんと音に情緒がある。天才かもしれない。と、親バカを爆走した。
「好きなこと」はすぐにわかるものだとも思っていた。でも時間がかかるのだ。そしてその日は、思いがけないタイミングでやってきて、子どもは勝手に開拓し始める。
ピアノ教室に通っていたら、こうならなかったと思う。教わらなかったからこそ、自分のペースで、「やってみよう」と思えたタイミングが来たのだと思う。
しかも子どもは、楽譜を読めない。しかしそれを音楽の先生に伝えたと言う。
「『この動画通りに弾きますけど良いですか?』って確認したらOKだった!」と。なんと交渉までしていた。
なんでもかんでも「面倒くさい、どうでもいい」と言っていた子どもが、明確な意思を表明していた。
そして「勉強は嫌い!やろうとも思わない。ピアノは楽しい、弾いててしあわせ!」と言った。
子どものしあわせは、子どもの中にある。子どもが自ら見つけ出してくる。
だからやっぱり親の私ができることは、
衣食住を整えること。
話を聞くこと。
そして何より、芽を出したくなる日が来るのを、のんびり待つこと。
好きなことは、いつか自分で見つける。
生きる力も、きっとその中にある。
今日も私は、あたたかいごはんと、清潔なパジャマと、安心して眠れる場所を用意して、子どもの帰りを待つ。
あ、生き返ったピアノと共に。
この記事は、「子どものしあわせについて考えてみる」企画に参加しようと、書いてみました。
子どものしあわせについて、
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その想いやアイデアを、
思いのままに言葉にしてみませんか?
いろんな方の考えが読めるとたのしいな、と思っています。
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