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こんなこと書いていいのかな?を超えて

前向きなことだけ書くって、わたしには無理があるんですよね。強い気持ちの日もあれば、弱い気持ちの日もある。その強弱があるからこそ人間であり、その人間味を出して書こうとしています。

つい口癖のように言ってしまうのですが、私はいつも、勇気を出して、あれもこれも書いているのです。

そりゃぁ、「この人の発信でいつも元気になる!」という存在には憧れます。常に光を届けられる女神たち。見た目も発言もオーラの眩しさよ。彼女たちを追いかけることを、私は何度も考えました。けれど、私がずっと輝き続けているように見せようとすると、それは虚勢になってしまう。

結果的に、テーマもあやふやに、感情をダダ漏れしながら書き続けているわけです。「うわぁ、こんなこと書いて」「恥ずかしくない?」って自問自答しながらも、「これが私の現在地なんで、すみません!」と公開するのです、勇気を出して。

でも、ポジティブな人やタイミングを否定したいわけでもなくて。嬉しいときは「嬉しい!」って見せていいし、前向きなときはその気分を大っぴらに出していい。そこも恥ずかしがらなくていいんですよね。

強さも弱さも、ポジティブもネガティブも、どっちもちゃんと人間味。

「今は頑張れない」って言うのもアリだし、「よく頑張った!」って自分を褒めるのもアリ。それを、読む人の気持ちを気にして、「嫌な気分にさせちゃうかな」と思ったら、読んでくれる人を信じるしかないと思うのです。

そうじゃないと、書いて発信なんてできない。

「こんなこと書いていいのかな」というストップを超えるためには、自らの自由を許し、読んでくれる人を信じることだと思っています。

「人間をやってるよ!」
「人間をやってるんだね!」
の呼応でお願いしたい。

書くことを途中で投げ出したくなる日もあります。子どもみたいな考えしかないのに、大人のフリをしてキチンとしようとするのが面倒になることもある。

でも、そのまま出すことを許可するんです。今の私には、こう書くことが限界ですけど、見守って!みたいな。

その時に反応してくれる人がいると、もう、ありがたみ倍増。泣いちゃう、ホントに。

甘えてると言われれば、そのとおりです。でも、そんなあたたかさがある場所が、私は好きです。

いつも読んでくださって、反応してくださって、ありがとうございます。あなたのおかげで、私は今日も「こんなこと書いていいのかな?」を超えることができました。

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こゆき(koyuki) いつも温かいサポートありがとうございます。大切な時間をくださって、すごくうれしいです。これからも心を込めて書いていきます。