道祖神(別称:サイノカミ、サエノカミ)って何?|拝んじゃいけないという俗説
日本中のあちこちの道端などに存在しているのに、あまり存在が意識されていない。毎日見ている人でも意識に入ることは少ない。「何なんだろう?」と疑問すら持たれない。下手するとお墓と間違えられたりもする。
お墓ではないことはわかっても、ありがたいんだかどうだかもわからない。
お地蔵さんほどわかりやすい形状でもない、石で作られた謎の物体。
それが道祖神(どうそしん)です。今回は道祖神について綴っていきます。
■道祖神入門■
まず、他では見かけない見出しですね、「道祖神入門」。
別に入門しなくても全く困らないことのひとつでしょう。
道祖神(どうそしん、どうそじん)とは主に東日本の呼び方です。
西日本のみなさんはサイノカミ、サエノカミの方がわかりやすいかもしれませんね。
どちらも役割や俗説は同じなので、ここではこれから先は道祖神という呼び方に一本化します。
私自身が東日本の人間で、これから添付する写真にも「道祖神」って書かれているのでご理解を。
そもそも、
「道祖神もサイノカミもわからんぞ」
という方、道端に立っている、なにやら意味ありげな石の建造物って見たことないですか? 形状はさまざま。
ちゃんと道祖神と書いてあることも多いです。
タイトル画像の写真もしっかりと書かれています。

では、道祖神は何なのか? 簡潔に説明すると次の通り。
昔は村の入り口や、村の境界線の道端に祀られ、外から災厄や伝染病などが入るのを防いだ守護神。現在の道祖神のほとんどはその名残。
行政区域が変わっても、地域の守護神とされ、一部の人々に信仰されている。地域の住民だけでなく、そこを通る旅人も守ってくれる。
時代と共に移動されたり、役割が変わった道祖神も多い。
それだけ理解すれば、入門編は終わりです。
沖縄の方は、石敢當(いしがんとう)と似たようなものと理解していただければ、大幅な間違いは無いと思います。
■道祖神ウォッチング■
では、路上実習に入りましょう。
道祖神はさまざまな場所に、さまざまな形で存在します。
まずは、道の角に残された、もっとも本来の形をとどめているものです。
最初はこちら。

遠くから見ても、
「あ、あれは道祖神では?」
という、道祖神感知能力を向上させるための写真です。
次に拡大写真。

どうでしょう?
これこそ「ザ・道祖神」、「道祖神・オブ・道祖神」です。
このシンプルな形状、わかりやすく彫られた「道祖神」の文字。
もー、典型的。ベーシック。スタンダード。
道祖神に関する教科書があったら、「これが基本中の基本です」と載せたいくらいです。だいぶ新しいので、何代目かの道祖神だと思われます。
読んでいる人を置き去りにして自分だけ盛り上がったところで次の道祖神。
これも道の角という立地。道祖神感知能力、どんどん上げてください。
単身者向け集合住宅である、有名な「獅子宮殿」の敷地に食い込んでいるところが特徴的です。

はい、寄ってみましょう。
さきほどの道祖神とは異なる形状ですが、これも「伝統的道祖神」としてはよくあるタイプ。こちらはだいぶ古いもののようです。
おそらく小さな祠をイメージしているのでしょう。

次はちょっとアレな道祖神。
先に言っておきます。決して下ネタではないです。
日本では昔から男根の形も信仰対象となってきました。
それは道祖神の世界でも同じです。
で、知る人ぞ知る、「マラセエ様」と呼ばれる、神奈川県秦野市の道祖神。
モロにあの形をした巨大な道祖神です。

オーダーメイドのスーツなみにジャストサイズに作られた建屋に収まっています。
で、扉を開けて拝むこともできます。開いた時の状態が下の写真。
ちゃんと「道祖神 守護」と書かれたお札が貼ってあるのが確認できますね。決していかがわしいものではないのです。
昔は、多くの地域に同じような道祖神があったと思われます。

ところが、明治維新以降、徐々に、
「このようなものが人目につくところにあるのはけしからん!」
という、お堅い役人たちによって壊されたり、除去されたりして、その数が激減。マラセエ様のように残った道祖神は実は超貴重なのです。
たとえば、男根型の道祖神をどうするかという紆余曲折の末に、
「人目につきにくいところに、しれっと置いとこう」
という判断で移されたものもあります。
下の写真をご覧ください。

画面左に男根型の道祖神が鎮座しているのが確認できるかと思います。
ここは、鎌倉時代初期の起こった仇討ち事件を元にした「曽我物語」に登場する虎女(とらじょ)という悲しい女性の関連史跡でもあります。
全然知られていません。
私、「曽我物語」も好きなんで、ここでその魅力や概要を綴りたい衝動にかられていますが、話がとっ散らかるので道祖神に戻ります。
次は双体道祖神について見てみましょう。
■双体道祖神■
男女二神が掘り込まれた形式の道祖神のことを双体道祖神(そうたいどうそしん)と言います。こんな感じですね。

左が女神、右が男神というパターンが多めです。
で、女神は天宇受売命(アメノウズメノミコト)、男神は猿田彦命(サルタヒコノミコト)と見なされる場合もあります。
こうなると、外からの災厄防止だけでなく、縁結び・子宝という役割が加わるのは自然な流れです。
路傍ではなく、建物の中に置かれるようになった双体道祖神もあります。
たとえば下の道祖神。
大山の阿夫利神社下社の地下通路に鎮座しています。
ぼけ封じの守護神なのに、写真がぼけるという、シャレにもならない失敗をした一枚です。

■道祖神の分布■
道祖神の分布にはかなり偏りがあります。
実は私が住む神奈川県は道祖神が多い地域です。
他に道祖神が多い県としては、静岡県、長野県、新潟県、鳥取県などです。
特に長野県は多いようです。鳥取県がひょこっと離れていますね。
ところが、双体道祖神となると、旧中山道沿いの群馬県などにもけっこう存在しています。
■道祖神を拝んではいけないという俗説の原因■
で、そのような俗説があるわけですよ。
根本的に違います。拝んでいいです。拝んでください。別に無理に拝む必要もありませんが。
「拝んではいけない」という俗説はこれまた明治政府が原因です。
すでに見てきたように、道祖神には男根の形のものや、男女ペアのものもあります。
明治政府が近代的道徳観で、
「これはけしからん! こんなもん迷信! 邪神、邪道! すぐに撤去せよ。あるいはぶっ壊せ!」
と目くじら立てた結果、道祖神一般が「正しくない神」というイメージが広がりました。
もちろん、そんな「お上」の意向なんか、クソ食らえ! という気概のある方々も多かったでしょう。
いわば、現在残っている。道祖神はそういう方々の気概の残照でもあるのです。
また、ネットなどで、面白おかしく、道祖神がオカルトめいた邪神とされていることもあるようです。
しかし、そんなことはありません。地域の守護神というのが正しい姿です。
以上で道祖神の説明を終わります。ここまで読んだあなたは、道祖神講座を修了したと言っても過言ではありません。
修了証書を載せておきますので、気が向いたら、自分でプリントアウトして、名前を書いて額にでも入れて飾っておいてください。
知らない人が見たときの、こけおどしの一助くらいにはなるかもしれません。

