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幽霊は想念だった....


その本質を知ることが大切

わたしは、昔から『見える』体質だったけれど、、
ある時期までは、幽霊という存在を”霊”として認識していた。

けれど、私の中で決定的に価値観が変わった瞬間がある。
それはある場所での体験が確信に変わったのです。


🔳忘れられない『網走での出来事』

北海道の網走刑務所博物館。

そこはただの観光地ではなく、”大量の思念が閉じ込められた場所”だった。

建物に足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わり、私の頭の中に、
5人分の”他人の声”が一斉に流れ込んできた。

怒り・後悔・悔しさ・絶望・悲しみ・虚無感。。。
それぞれの人生、それぞれの最期、その時何が起きていたのか。
私の脳内では、まったく他人の記憶や感情が、
まるで”強制再生”されるかのように回り続けた。

瞬時に私は膝から崩れ落ち、
『これは私じゃない』と言いたいぐらいに、たくさんの感情が同時に入り込んだ。

幽霊とは、死者の姿を見ているのではない。
そこに”強く残った思念・記憶・感情”
つまりは”想念”を読んで言語化しているのだと。

その日は、仕事もなく。。束の間の休みで、気を抜いてたのもあったし。笑
なんせ、、私が行ってみたかった場所やったからこそ、ちょっとテンションも上がってた。。。。

◽️残影・残像・残臭・・想念の3形態

私が見てきた幽霊現象は、大きく3つに分類される。

❶”残影”
中古物件でよく起こる。
前の住人がどんな人で、どんな感情を抱えていたのかが、影のように残って見える。

気配として現れることもあれば、
その人の癖のようなもの(歩き方・行動パターン)が残ることもある。

❷”残像”
歴史の古い土地や、悲しみ・戦・災害があった場所に多い。
一種の”エーテル記憶”のように、出来事そのもが像として残る。

落武者や武士が見えるのも、
『その人がそこにいる』というよりは、
歴史的な痛みの残像が、姿を取って現れているだけ。

❸”残臭”
もっとも古く、もっとも深い層。
土地そのものが抱えた匂い。
事故死・事件・病気・苦しみ
そこに刻まれた『状態の情報』が、匂いとして伝わってくる。

◽️幽霊は”人の姿をしたエネルギー”ではない

私はこの体質のおかげで、ずっと『存在そのもの』を観察し続けてきた。

そして結論は明確だった。

◆幽霊=死者の魂ではなく、、、、
◆幽霊=想念の残留物だった。。

※もちろん場合によっては、みんなが知っている幽霊?みたいに
人が出たくることもある。。。。がかなり稀なケースだと私は思っている。
でも出てくる時はある。
これは文章より動画で話した方がいい気もしてる。。。。笑

話に戻ります。。。
生きている間に残した痛み、未処理の感情、強烈な体験、無念、怒り。
それらが『場』に染み付き、
その場所に触れた人間の意識が受信すると”見える”。

つまり、幽霊は”過去の記憶情報”に過ぎない。。

それは怖い存在ではなく、
『人間の感情がどれほど強いとからを持つか』を示す証拠。

◽️想念に触れると、なぜ『人間の思考』が乱されるのか

網走での出来事のように、強い想念に触れると、人は一時的に”乗っ取らたように感じる。

なぜか?
◎想念は”周波数の強い情報”だから
弱っている・隙がある人は、その周波数に簡単に侵入されてしまう。
まさに私がそうでした。。完全に気を抜いていた。。笑
ちょっとだけ反省しました。

侵入されてしまうと。。
・自分じゃない感情が湧く
・思考が乱れる
・不安・怒りが唐突に湧く
・身体感覚が重くなる
これらが起きる。

だから私は言い切れる。
霊障の本質は、霊ではなく『思念の侵入』である。
その証拠が私の体験だった。。。
無防備すぎました。。

◽️”姿をした幽霊”が見える時は、何が起きているのか

落武者も、武士も、兵隊も。そのほかいろいろなもの達を私は見てきた。

彼らが『今そこにいる』のではなく、
強烈な出来事が、その形を借りて再生されているだけ。

映画のような映像でもない。
霊そのものでもない。

※あっ。映画のように見える時もある。。
これも動画で説明しよう。。。

もっと正確に言うなら、
◆”土地✖️歴史✖️想念”で作られた擬似的なエネルギーに過ぎない。
だから怖がる必要はない。
そのエネルギーを感じた人が感じたその感覚を言語化すると、、
いろんな表現になるだけ。

ただし、、、
その層に”巻き込まれる”人はいる。
思考が乱れたり、強烈な感情が流れ込んできたり、
まったく別人の思考が乗ってくるように感じたり。
これはすべて
感情の残骸✖️その人の隙✖️周波数の合致
によって起きる。

◽️そして私は、これを仕事にするようになった

私が“とじし(緘師)”としてエネルギーを調え、もらい癖・霊的ストレスを解消する仕事をする理由。

それは、、、
網走のような体験をしてきたからこそ
『人の想念に支配されない状態』をつくりたい。
そう思っているから。
エネルギーの穴、感情の抜け、意識のざわつき、
身体の痛みとして表れる霊的ストレス。

その全部に、原因と構造がある。
あなたは”霊”に苦しんでいる訳じゃない。
あなたは”想念”に飲まれているだけ。

この構造を知ってほしくて、
私は今回ブログにして伝えようと思いました。

今日もありがとう。

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