投資は夢があって勝率の高いギャンブルだ
真面目な経済人からは怒られそうなタイトルだ。
「投資はギャンブルではありません」
きっとそう言われるだろう。
日本では長い間、「投資」という言葉にあまり良いイメージがなかったように思う。
1980年代のバブル期に投機的に資金をつぎ込み、バブル崩壊で痛い目を見た人たち。中には投資によって人生を狂わせた人もいたかもしれない。
そうした経験から、
「投資は危険だ」
「株なんて博打だ」
と考え、投資に手を出さない。
真面目に会社勤めをして、堅実に給料を受け取り、仕事を頑張って出世を目指す。
そんな価値観が、日本人の中にはあったのではないだろうか。
その後も、アジア通貨危機やITバブル崩壊などがあり、日本人の投資に対するイメージが大きく変わることはなかった。
結果として、投資に対する理解や金融リテラシーが十分に身につかなかった面もあったのではないかと思う。

ところが、その後、日本を取り巻く環境は変わっていく。
アベノミクス、日銀の金融緩和、マイナス金利政策、そして日銀によるETF買入れなどを経て、日本の株式市場を取り巻く環境も大きく変化した。
そして、
「投資はギャンブルではない」
「企業の成長に期待して資金を投入し、そのリターンを得るものだ」
「投資とは企業を応援する行為でもある」
という啓蒙も進んでいった。
NISAも始まり、個人の預金を投資へ振り向ける環境も整えられてきた。
それなのに。
せっかく人々の理解が進み、市場も活発になってきたにもかかわらず、今さらなぜ、
「投資はギャンブルだ」
などという時代遅れで、無教養な発言をするのか。
そう思う人もいるだろう。
でも、私はあえて言いたい。
投資はギャンブルだ。
ただし、
勝率の高いギャンブルだ。
そもそも、投資とギャンブルは何が違うのか?
私が投資はギャンブルだと思っているからといって、本当に投資とギャンブルが同じものだと言いたいわけではない。
投資とギャンブル。
さらに「投機」という言葉もある。
そもそも、それぞれの定義と違いは何なのだろうか。
最近のトレンド、すぐにAIにも聞いてみる。
AIによれば、投資とギャンブルはおおむね次のように整理してくれた。

「投機」に関しては投資とギャンブルの中間くらいかと。
なるほど。
……甘い甘い。
そんなので納得できるか、と。
全てに反論できる。
いや、難癖をつけることができる。
1.お金の行き先
AIは、投資は企業や事業にお金が向かい、ギャンブルは勝負の結果にお金が向かうと説明する。
でも、投資家が賭けているのは「企業そのもの」ではないのか。
企業がこれから成長するのか、衰退するのか。
その企業の商品が売れるのか、売れないのか。
利益を増やせるのか、減らすのか。
結局、企業の将来という「不確実な結果」にお金を賭けているとも言える。
2.利益の源泉
ギャンブルの利益は「他者の損失や胴元」だという。
しかし、株だって上がった株を高い値段で買ってくれる人がいるから売却益を得られる。
株式投資には、企業が利益を生み出して株主に還元するという「プラスサム」の側面がある。一方、株を買った後に誰かへ高く売って利益を得る場合には、売買の相手が存在する。
つまり株式投資には、「企業が生み出した利益を受け取る」という面と、「市場参加者同士で価格を巡って売買する」という面の両方がある。
それを「他者」と言えなくもない。
もちろん、株式投資とギャンブルの資金構造が完全に同じだと言いたいわけではない。
ただ、「利益の源泉が違うから、投資はギャンブルではない」と簡単に線引きすることもできないと思う。
3.長期的な期待値
「投資は長期的に見ればプラスが期待できる」と言っている。
しかし、日本には「失われた30年」があった。
日本株に投資していれば、いつでも儲かったわけではない。
ここは少し注意が必要だ。
「長期なら必ず儲かる」という意味ではない。
一方で、長期・積立・分散によって投資のリスクを抑え、安定した収益を期待するという考え方には合理性がある。金融庁も資産形成において「長期・積立・分散」を基本的な考え方として示している。
つまり、
「投資は長期だからギャンブルではない」
という線引きには納得できないが、
「長期投資は勝率を高めるための重要な方法だ」
ということは認めたい。
4.時間
ギャンブルは短期間で結果が決まる。
これも本当だろうか。
競馬なら数分で結果が出る。
しかし、ギャンブルにも様々な種類があり、「ギャンブル=短期」と一括りにはできない。
私は競馬をやらないので詳しくはないが、「推しの馬やジョッキーを長く追い続ける」という楽しみ方もあるのだろう。一回のレースだけで勝ち負けを決めるのではなく、何度も賭け続ける。
逆に、株式投資でも数分、数秒単位で売買することはできる。
期間の短い投資もあれば、期間の長いギャンブルもある。
「短期か長期か」だけでは、投資とギャンブルを明確には線引きできない。
5.リスク管理
投資には分散、長期、資産配分などのリスク管理がある。
確かにこれは大きな違いだ。
しかし、ギャンブルにも賭け金を管理する、勝負する対象を選ぶなど、リスクを管理する考え方はある。
もちろん投資とギャンブルのリスク管理は同じではない。
それでも、「リスク管理ができるから投資はギャンブルではない」というほど単純ではない。
結局、明確な線引きはできない
こうして考えると、投資とギャンブルは完全に同じものではない。
しかし、
「ここからが投資」
「ここからがギャンブル」
という明確な境界線を引くことも難しい。
期間についても、運の要素についても、
「長い・短い」
「大きい・小さい」
という曖昧な尺度になってしまう。
だから、
「投資はギャンブルではない」
という考え方の人がいてもいい。
同時に、
「投資にはギャンブル的な側面がある。ただし勝率は高い」
という私の考え方も否定できないはずだ。
投資スタイルも人それぞれだ。
「買った株が上がるのか、下がるのか」
「今日は保有資産が増えた、減った」
それを毎日気にする。
それがギャンブル的でなくて何なのか。
競馬で自分の賭けた馬が勝つか負けるか。
宝くじが当たるか当たらないか。
どちらも考えるだけでドーパミンが出てきそうだ。
そして投資家も毎日、証券アプリを開く。
今日は資産がいくらになっているのか。
昨日より増えたのか、減ったのか。
調子のいい日も悪い日も気になって仕方がない。
市場が開いていなくて、数字が変わっているわけでもないのに、証券アプリを開かずにはいられない。
上がるか下がるか。
半か丁か。
もちろん株価が本当に50:50で動いているという意味ではない。
ただ、次にどんな数字が出てくるのか分からないという「不確実性」に、人間は強く惹きつけられる。
投資もギャンブルも、先のことは分からない。
ドーパミン・ドバドバ~
私が「投資はギャンブル」と言う理由
では、なぜ私はわざわざ「投資はギャンブルだ」と言うのか。
理由は2つある。
1つ目:
自分自身への戒めのためだ。
企業を応援することが目的だから?いやいや本心では儲けたいに決まっている。
だが欲をかいて大儲けしようとしてはいけない。
自分にとって無理のない範囲の資金を投入する。
下がっても、負けても、生活に困らない。
資金がプラスマイナスゼロだったとしても、
楽しんだ分だけプラスと査定する。
これくらいの気持ちでいたい。
「投資」という言葉を使うと、なんとなく自分が合理的で賢いことをしているような気分になる。
しかし、将来のことは誰にも分からない。
株価が上がると思って買った。
でも下がるかもしれない。
そこには必ず不確実性がある。
だからこそ、
「これはギャンブルだ」
と自分に言い聞かせておく。
そうすれば、欲望にブレーキをかけられる。
ただし、投資には「勝率を上げる方法」がある
AIは、
「投資は長期、ギャンブルは短期」
というように分けている。
私はこの定義は採用しない。
しかし、
長期投資という考え方は、勝率を上げるうえで重要だ。
明日、株価が上がるのか下がるのかを確実に予測することはできない。
明日の株価が分かる人がいるのであれば、その人は全財産をレバレッジも含めて全投入すれば、理論上は大金持ちになれる。
でも、そんな人はいない。
一方で、投資期間を1年、10年と長くしていくことで、短期的な値動きの影響を受けにくくすることができる。
特に、個別企業ではなく、幅広い企業に分散されたインデックス投資なら、長期・分散によってリスクを抑えながら、経済成長の恩恵を受けることを期待できる。
もちろん、長期だから必ず儲かるわけではない。
過去の実績が将来を保証するわけでもない。
それでも、長期・積立・分散という方法によって、投資の「勝率」を高めていくことはできる。
ここが、私が投資を「勝率の高いギャンブル」と呼ぶ理由でもある。
どうせギャンブルをするなら、投資をしよう
そして、私が投資をギャンブルと呼びたいもう一つの理由
2つ目:
私は、
「投資はギャンブルだ。ただし勝率は高い」
と表現した。
そう。
皆に投資を呼びかけたいのだ。
一緒に、この「ドーパミン・ドバドバ~」を楽しもうではないか。
公営ギャンブルである
競馬。
競艇。
パチンコ。
宝くじ。
世の中には様々なギャンブルがある。
公営ギャンブルにはそれぞれに楽しさがあり、それを否定するつもりはない。
賭けるという欲求は人間に備わっている。
コントロール下でうまく付き合っていきたい。
どうせ不確実な未来にお金を賭けて楽しむのであれば、
投資という選択肢もある。
公営ギャンブルにも大きな資金が流れている。
それ自体が悪いとは思わない。
ただ、社会から「ギャンブル」としてあまり良い評価を受けていないものにお金を使うより、
NISA制度もでき、個人の資産形成を国が後押しし、証券会社も低コストのサービスを提供している今の時代。
「投資をギャンブルとして楽しむ」という考え方も、悪くないのではないだろうか。
公営ギャンブルに流れている資金。
これまで競馬やパチンコなどで「溶けていた」お金。
それを少しだけ株式市場に引っ張ってみる。
「投資は難しそう」
「お金を持っている人たちの財テクでしょ」
そんなイメージを少しだけ変えてみる。
投資は夢がある。
企業の成長に賭けることもできる。
世界経済の成長に賭けることもできる。
そして、自分自身の資産形成にもつながる。
どうせ人間は、未来がどうなるか分からないものに賭けたくなる。
だったら、
社会に価値を生み出す企業や経済そのものに賭けてみる。
そのくらい軽い気持ちから、投資を始めてもいいのではないだろうか。
私は、
投資は夢があって勝率の高いギャンブルだ。
そう思っている。

