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『また今度』に気持ちを乗せえて

「また今度ね。」

私は、

この言葉を何回言ってきたんだろう。

また会える。

また話せる。

また時間は作れる。

そう思っていたから、

大切なことほど、

「また今度」にしてきました。

でも最近、

「また」って、

いつも来るとは限らないんだなって、

だんだん感じるようになりました。

「また今度ね」は、優しい言葉

「また今度ね」って、

優しい言葉だと思うんです。

誘われたとき、

「今回はちょっと無理」だけで終わると、

なんだか冷たく聞こえてしまう。

でも、

「また今度ね」って最後に一言つけるだけで、

言葉がふわっと柔らかくなる。

相手を嫌な気持ちにさせずに、

その場をやんわり終わらせることもできます。

だから私も、

挨拶みたいに使ってきたところがあります。

そんなに深い付き合いじゃない人にも、

「また今度ね」って言って、

手を振って別れる。

「また今度」って、

優しい言葉でもあるし、

その場をやり過ごす言葉にもなる。

でも、

「また今度」が悪いわけじゃないんです。

大事なのは、

その一言に、

自分が何を込めているか。

最近、

そんなことを思うようになりました。

「また」が、当たり前じゃなくなる年齢

若い頃の「また今度」って、

すぐにやってくる「また」でした。

「また来週ね。」

「また今度、ご飯食べようね。」

そう言って別れても、

次に会う日は、

そんなに遠くない感覚があったんです。

でも、

歳を重ねるごとに、

「また」の感じ方が変わってきて、

「この前会ったばかりだよね」

そう思っていたのに、

指を折って数えてみたら、

もう半年経ってる。

「え、もう半年?」

自分でもびっくり。

ついこの前のことだと思っていたのに、

日付を見て、

「こんなに経ってたんだ」って驚く。

「また」って、

思っているほど、

ゆっくり待っていてくれるものじゃないんだなって。

歳を重ねるほど、

そのことに気づかされます。

大切なことほど「また今度」にしてしまう

忙しいから、また今度。

疲れてるから、また今度。

今日は時間がないから、また今度。

今日じゃなくてもいい理由なら、

いくらでも見つかりますよね。

私も、

ずっとそうでした。

「まだ時間はある」

「また会える」

そう思っているうちは、

大切なことほど、

後回しにできてしまう。

でも、

本当に会いたい人。

本当に話したい人。

本当に伝えたいこと。

大切なことまで、

「また今度」にしてしまっていいのかなって、

思うようになりました。

「また今度ね」って言うなら、

そこに、

「また会いたい」って気持ちを、

ちゃんと乗せたい。

そして、

本当に会いたいと思ったなら、

「また今度」で終わらせずに、

「また会おうね」って、

もう一度伝えてみたい。

「ありがとう」って思ったなら、

また今度じゃなくて、

今日のうちに伝えたい。

その「また」に、気持ちを乗せて


あなたの「また今度」には、

どんな気持ちが入っていますか?

「また今度」っていう言葉を、

これからも、

きっと使うと思います。

ただ、

口にするたびに、

ちょっとだけ立ち止まりたい。

いま自分は、

この「また」に、

どんな気持ちを乗せているんだろう。

「また今度」という言葉を、

なくしたいわけではありません。

これからも、

きっと使い続けると思います。

でも、

その一言の奥には、

ちゃんと「また会いたい」を忍ばせておきたい。

会える今日を。

話せる今日を。

伝えられる今日を。

「また今度ね」と言うときは、

その場を終わらせるためではなく、

「また会いたい」という気持ちを込めたい。

いつかのための「また」ではなく、

「また会いたい」という気持ちを込めた「また」でありたい。


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