「これでよかったのかな。」と悩んできた私が、今思うこと
「この選択でよかったのかな。」
新しいことを始めるたびに、
そんなふうに悩んだことはありませんか。
失敗したくない。
遠回りしたくない。
だから私たちは、
「正解」を探してしまう。
昔の私は、まさにそうでした。
とにかくせっかちで、
初めてのことは何でも
正解が知りたかったんです。
間違えない方法を探していた頃
私は、何をするにも
「正解」を探していました。
若い頃の仕事でも、
その性格は変わりませんでした。
「これで合っているのかな。」
「間違えたらどうしよう。」
失敗することが怖くて、
何度も先輩に確認していました。
自分で考えるより、
誰かが教えてくれる答えを
探していたんだと思います。
そんな私に先輩は、
いつも優しく、
「大丈夫だよ。」
「自信を持ってやっていいんだよ。」
そう声をかけてくれました。
その言葉に背中を押されながら、
少しずつ自分で判断できるように
なっていきました。
そして後輩ができた時、
初めて人に教える立場になりました。
その時、
「教えるって、こんなに難しいんだ。」
そう感じました。
今なら分かります。
あの時の先輩は、仕事だけでなく、
不安だった私を支えてくれていたんだと。
そして、正解を探していたのは、
仕事だけではありませんでした。
子育ても同じでした。
育児書に答えを探していた頃
クローゼットを整理していた時、
一冊の育児日記が出てきました。
「懐かしいなぁ。」
そう思って、久しぶりに中を見てみると、
そこには当時の私の
細かい記録が残っていました。
何時に寝た。
何を食べた。
どんな様子だった。
今読み返すと、
思わず笑ってしまいました。
「うわ〜、細かいっ!」
「こんなに慎重にならなくても大丈夫だったのに。」
今では、私よりずっと大らかで、
「なんとかなるよ。ママは心配し過ぎだし、
細かすぎるんだって〜。」
なんて言い返してくるような子に
育っています(笑)。
「そんなに心配しなくても大丈夫だったよ。」
そう昔の自分に言ってあげたくなりました。
当時の私は、
「ちゃんとしなきゃ。」
そんな思いで、
育児書の中に答えを求めていたんだと思います。
でも親から言われた言葉があります。
「育児書に、本当の子育ては書いていないんだよ。」
その時は、
どういう意味なのか分からなかったけれど、
今なら分かります。
子どもは一人ひとり違う。
性格も違えば、
成長の仕方も違う。
10人いれば10通りの子育てがある。
だから、誰かの正解が、
そのまま自分の正解になる
わけではなかったんです。
歩いた道が、正解になる
長い間、私は「間違えない生き方」を
探していました。
仕事なら、先輩が知っている答え。
子育てなら、育児書に書いてある答え。
それを見つければ、
迷わずに進める。
そう思っていたんです。
でも、今なら分かります。
正解は、最初から
用意されているものではなかったんです。
初めて任された仕事は、
分からないことばかり。
何度も失敗しました。
「こうすればよかったんだ。」
あとから気づくことも、
たくさんありました。
でも、その失敗があったから、
次はどうすればいいのか、
少しずつ分かるようになりました。
失敗しない方法を探していた頃より、
失敗した経験から学んだことの方が、
ずっと自分の力になっていたんです。
最近、ふと思うことがあります。
「私って、こんな人だった?」
昔の自分を思い返すと、
何でも細かく考えて、
失敗しないように先回りして、
いつも心配していました。
でも今の私は、
「まあ、何とかなるよ。」
そう思えることが増えました。
昔の私が今の自分を見たら、
「本当に私なの?」
と驚くかもしれません(笑)。
人は、経験を重ねることで、
少しずつ変わっていくんですね。
そして、その変化もまた、
歩いてきた道の中で
できていった自分の答えなのだと思います。
正解は、誰かが教えてくれるものではなく、
自分で経験しながら
見つけていくもの。
人によって選ぶ道も違えば、
たどり着く答えも違います。
だから、正解が一つじゃないのは
当たり前なんですよね。
おわりに
それでも、
「これでよかったのかな。」
そう迷う日は、今でもあります。
でも、もう
正解ばかり探すことはありません。
やってみないと
分からないことが、
たくさんあると知ったから。
今日も、答えを探すより、まずは一歩。
その一歩一歩が、
いつか振り返った時に、
「これでよかったんだ」と思える、
自分だけの正解になっているのだと思います。

