創作大賞2026/応募作品「歩み」第7章:手放すほどに、満ちてゆく
白い光のワークを始めてから、
さまざまなヒーリングエネルギーを
降ろすようになっていった。
同時に、
新しいヒーリングを学びに行くことも続けていた。
何かを受け取り、何かを伝える。
その繰り返しだった。
けれど、
ある時期から少しずつ変化が起きていった。
やりつくしたような喪失感
2022年頃から、
ヒーリングに対する情熱が薄れていったのだ。
やり尽くしたような喪失感。
媒体として、
外側からエネルギーを流すことに対して、
どこかものたりない感覚が出てきていた。
それでも、新しいヒーリングを学び続けた。
これ迄の概念とはまったく違うエネルギー伝授を、
1年半かけて受ける機会があった。
受けている間は、変化や気づきがあり、
楽しい時間でもあった。
けれど終わるとまた、同じ感覚が戻ってきた。
やり尽くしたような喪失感と、
更に、理由のわからない退屈さのようなもの。
神社へ行っても良いことがおこらない
その変化は、ヒーリングだけではなかった。
神社へ参拝しても、
以前のような不思議な出来事が起こらなくなっていた。
もちろん、
それを求めて参拝していたわけではない。
ただ、10年近く続いていた流れが
自然と終わったことに、
1つの時代の区切りのようなものを感じていた。
学ぶ人から共にある人へ
そして2025年6月を境にはっきりと
変化が起きた。
どうやら
ヒーリングを「学ぶ人」から、
ヒーリングと「共に在る人」へと
シフトしたようだ。
それまでの3年間は、今振り返ると
移行期間だった。
シフトしてから
最初のうちは何が起こっているのかが
自分でも全然わからなかった。
ただわかっていることは、
「今までのやり方が通用しなくなっていた」
ということだけ。
その代わり新しいことも起こりだしていた。
それは、一緒に居ると相手に浄化作用が
起こり始めるというものだった。
最初は欠伸が出て、
その後、頭痛や眠気が訪れ、
一晩眠ると翌日には嘘のように
スッキリして元気になる。
その体験を友人から聞いた時、
「それって浄化のヒーリングを
受けた時の状態と同じだよね」と話すと、
友人は
「そう、ヒーリングしてもらった感じ」
と嬉しそうに言っていた。
最初のうちは、
偶然が重なっただけだと思っていた。
けれど、それが何度も繰り返されるうちに、
偶然では説明できないと感じるようになった。
その時、私は昔出会った治療家のことを思い出した。
目の前に立った瞬間に痛みが消えてしまった、
あの治療家のようになりたいと思っていた事を。
自分が想像していた形とはずいぶん違っていたけれど、
これもまた、
あの時に憧れたものに繋がっているのかも
しれないと思った。
ただ、最初の頃は変化が現れるまでに
時間がかかっていた。
会ってから数時間後に反応が始まり、
翌日になってようやく軽くなる。
どうすれば、
もっと自然にこの働きを活かせるのだろう。
そんなことを考えながら、月日が過ぎていった。
ある時、友人への浄化作用がぴたりと止まった。
その代わり、
少し距離のある知人たちに別の形の浄化が現れた。
その事で、
「これは友人だから起きていることではないんだ」
と感じた。
その後、再び友人に浄化作用が起こり始めた。
ただ、以前のように長い時間をかけるのではなく、
会っている間に自然と軽くなっていくように
変化していた。
私は、これをもう少し効率よくヒーリングとして
活用できないかを考え始めた。
けれど同時に、別の感覚もあった。
「これは、自分が何かをして起こしているものではない」
そんな感覚だった。
何かの技術としてコントロールするものというより、
その場にいる事で自然に起きている現象のようだった。
でも、その頃の私は、
まだ今までのヒーリングの感覚で理解しようとしていた。
どうすれば安定して起こせるのか。
どうすれば再現できるのか。
どうすれば人に役立てられるのか。
そんな事ばかり考えていた。
けれど、ある時ふと気づいた。
これまでのヒーリングは、
「エネルギーを流す」という感覚だった。
でも、これは違った。
流しているのではなく、既にその場に起きている。
私が何かをしようとするほど、
少し遠のくようにも感じられた。
それまでの私は、
何かを「する側」としてヒーリングを捉えていた。
でもこの現象は、
「在ること」と切り離せない場所から起きていた。
最初は戸惑いもあり、
どう向き合えばいいのかわからなかった。
けれど日を追うごとに、
これは「扱うもの」ではないのかもしれない
という感覚へ変わっていった。
ただ、その場にいることで自然と起きるもの。
ただ、それだけのもの。
そしてその頃から、
私の中でひとつの方向性がはっきりしていった。
新しいヒーリングの捉え方
その時、ようやくわかった。
私が25年間探し続けていたものは、
新しい力を身につける事では
なかったのかもしれない。
これから
ヒーラーとして何を行うのかを考えた時、
それはこれまでのような
「ヒーリングをすること」ではないと思った。
今までのように
外側から相手に何かを加えるのではなく、
相手の内側から自然にヒーリングが起きていく
「場」に在ること。
その「場」を保ち続けること。
それが、今の私にとってのヒーリングだった。
そしてそれは、
やり尽くしたと感じていた私の中に起きた
大きなシフトでもあった。
振り返れば、ずっと
「何かを得ること」を求めて歩いてきた。
新しい力、新しい技術、新しい答え。
けれど、
25年のヒーリングの道を歩いた先で
たどり着いたのは、
何かを足すことではなかった。
ただ在ること。
何かを起こそうとしなくても、
そこに自然と生まれているものを
信頼することだった。
それが今、
私が「存在の場」と呼んでいるもの。
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