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36歳会社役員、コールセンターの面接へ行く

※最後まで無料で読めます

誰もいない面談室で1人、
壁をひたすら見つめているおじさんがいる。

僕である。

イメージ図

アルバイトの面接に来ているのだ。

僕は36歳、会社経営をする役員だ。

いや、「だった」と言うのが、もはや正しい。

大学進学をきっかけに東京で暮らしていたが、
父親が経営する小さな会社の役員(COO)として地元に里帰りした。3年前の話である。

皆から嫌われる、ザ・ボンボン息子だ。

自覚はある。従業員からも、そんなふうに冷たく思われていたことだろう。

就任当時、会社は過去最大の赤字だった。
コロナの打撃から回復できず、このままだと数年後には倒産が現実的だった。

僕は心血を注いで働いた。

わざわざ妻と一緒に田舎に引っ越して来たのだ。
会社が潰れて親の借金を背負わされる人生なんて御免だ。

まずは時代錯誤な業務フローをDX化することから始めた。しかし、コストはかけられない。

スプレッドシートや無料アプリをカスタマイズしてお手製でシステムを作った。システムに合わせて、業務フローを抜本的に変えた。

従業員には、業績が回復したら大幅な昇給を約束した。代わりに、誰がどれだけ成果を上げたのか全てリアルタイムに目に見える形で管理する体制にした。

就任から1年弱、僕の大改革に付き合ってくれた従業員のおかげで、過去最大の赤字→過去最高の黒字に立て直すことに成功した。
従業員の給与も10%ほど賃上げした。

たった一年足らずで、だ。
我ながら鮮やかだったと思う。

ボンボン息子もやるじゃないかと、少しは従業員からも認めてもらえたと思う。

…ここまでは良かった。

創業者である父親に裏切られた。

「お前のやり方は気に食わない。金儲けに走ってる。もう経営も安定したし、俺のやり方でやらせてもらう。」

こうして今期いっぱいで役員から退任することが決まり、僕は会社から追い出されるのだ。

途方に暮れた。

フリーターから何かに転生するアニメはあれど、経営者からフリーターに転生するアニメは聞いたことがない。

chatGPT作

ただ、現実ではよくある話なのかもしれない。
毎年、たくさんの会社が潰れているから。

もし会社役員からフリーターになった方がいたらお友達になってほしい。

妻が寝た後、夜な夜な考えていた。

「どこか別の会社に転職するか…」
「でも、こんな僕を受け入れてくれる会社はあるのだろうか。ましてや田舎だぞ…。」

「いっそ自分で起業するか」
「でもやりたい事業もないなあ…」


「とりあえずバイトでもするか」


求人サイトを眺めていると

履歴書不要!
即日面接、即採用可能!
時給1900円〜、週1〜、3時間〜

服装自由、若手が大活躍中!
アットホームなコールセンターで働きませんか?

という激アツな求人票を見つけた。
その場ですぐ面接を申し込んだ。


約束の時間の5分前、オフィスのベルを鳴らすと、若い女性スタッフに面談室へ案内された。

「面接官が来るまで、このプロフィールシートを記入して待っててください。」

プロフィールシート…

これが履歴書の代わりか。

学歴、職歴、志望動機、出勤可能な曜日、時間、

自己アピール、趣味、将来の夢、、、

将来の夢か。

僕はもともと俳優になりたかった。

見た目がカッコよくないのは自覚している。

それでも同郷の松山ケンイチのような演技派に憧れていた。(松山ケンイチはカッコいいけど)

大学で上京した僕は演劇サークルに入り、学生映画に出たり、下北沢の舞台にも立った。

サークルの中ではチヤホヤされた。
たくさんの芸能事務所に書類を送った。

大学3年生の終わる頃、ようやく気づいた。

自分には、才能がないこと。

自分には、人並みの努力しか、できないこと。

僕は夢をあきらめて就職した。

諦めるというより、夢から逃げたと言う方が正しいかもしれない。

妻とは学生の頃に知り合い、6年ほどの交際を経て社会人4年目の頃に結婚した。

ありふれた日々を、妻と愛猫と3人で楽しく暮らしている。

将来の夢か。

36歳はもう将来そのものだ。

現実を受け入れ、普通でありふれた日常の幸せを享受してきた。

今から何者かを目指す、なんて気恥ずかしい。

何を書けば良いんだろうか。

ペンが止まった。



しかし、あまり悩んでても仕方がない。

そろそろ面接官が来るかもしれないから。
何か書かないと。

「人の役に立ちたい。妻と幸せに暮らしたい。」

子供の作文みたいだが、履歴書不要のバイトだ。
なんとかなるだろう、と思った。


記入を終えて、背筋を伸ばして面接官を待った。

学生時代、家庭教師や飲食店のアルバイトは経験したが、コールセンターで働いたことはない。

電話の内容は営業系か、
それともクレーム対応のサポートセンターか。

この時給なのに履歴書不要なんて、よほどキツい仕事で人に困っているのだろうか。

壁を見つめながら考えること、40分。

…40分である。

まず思った。

「これは試されているのか?」と。

だとしたら考えうるパターンは2つだ。

1.
長時間放置されても勝手に帰らず
「面接官が来るまで待っててください」
という指示を守れるかを試されている

2.
待ち時間が長すぎることに疑問を感じ、確認するなど主体的な行動ができるかを試されている

このどちらかだ。

履歴書不要の求人…

面談室には顧客情報の書かれた書類がちらかっている…

ホワイトボードには前の会議のメモが消されずに残っている…

これらから推測するに、1.だと思った。

理由は消去法である。

「主体的に行動できるかを試そう」なんてことを思い付く企業は大体、イケイケのベンチャーだ。SNSマーケとか人材系をやっているような。

白Tシャツにデニム、趣味はサウナ
パーマをかけたイケメンが社長だろう。

インスタには社長と従業員が仲良くふざけあっている投稿があって、アットホームな感じだろう。

そういう会社だ。

そういう会社ならば、面談室はきっと綺麗だ。
外からの見え方を気にしているから。

だから消去法で1.だ。

"待て"ができる犬なのか、試されているんだ。

若い人が多い職場のようだが、きっと社長は昭和の人間だ。

従順な犬を採用しろ、という方針かもしれない。

僕はそう考えた。

よし、1時間までは黙って待とう。

そして1時間になったら、声をかけよう。

そう決めた。


もちろん1時間待っても誰も来なかった。

ドアの向こうからは、若い女性スタッフが楽しそうにワイワイ話している声と、USENから流れるHey!Say!JUMPの曲だけが聞こえてくる。

さすがに僕は声をかけることにした。

ドアをノックをすると、案内してくれた方とは別の、若い女性が現れた。

「あのー、面接14:00でお約束していたんですが、もう少しお時間かかりそうでしょうか?ご都合が悪いようなら日を改めます。」

僕が伝えると、女性は気まずそうな笑顔で

「えー、ごめんなさい!もうすでに案内はされてますよね?ちょっと待っててくださいね!」

と言い、大急ぎで戻っていった。

「いたいたいた!面接の予約入ってましたよ!」

女性が上司と話しているのだろう。

犬かどうかを試されていたわけではないようだ。

予定が抜けていただけだ。

その後、5分ほど待ったところ

YOASOBIのAyaseみたいなお兄ちゃんが現れた。

スポーツウェアを着ていて、年は22〜25歳くらいだろうか。髪の毛やピアスはイカついが、爽やかな好青年だ。

「いやぁー、お待たせしてすみません!」

彼は机の上のプロフィールシートに目を移した。そして間髪あけずに言った。

「採用で!初出勤いつにしますか?」

僕はうろたえなかった。
なんとなく予想していたから。

「ありがとうございます!お仕事の内容と条件を詳しくお聞かせいただけますか?」

Ayaseパイセンは爽やかな笑顔で教えてくれた。

1.電話でネット回線の乗り換えを案内する

2.どれくらい売れたかで次月の時給が変動する(最低時給〜2800円)

3.遅刻や無断欠勤するとペナルティとして時給の査定に響く

うすうす予想していたが時給は1900円ではなかった。

しかし、インセンティブではなくて時給が変わるのは面白いと思った。

後々調べてみると、この会社のやり方はグレー(というか恐らく違法)だが、ちゃんとやれば適法で実現可能なシステムだった。

「会社の売り上げは電話件数で変わるんでしょうか?それとも契約件数でしょうか?どちらの要素も加味した形ですかね?」

Ayaseパイセンは答えた。

「アルバイトは契約した成果で完全に変わります!社員は基本給があるので、給料減らないんですよ。社員になりたいですか?」

…これがテレアポの熟練の技か。

僕はそう思った。

答えたくないことには論点をすり替えて、うまくクロージングに向けていく。

「あ、働く人の話じゃなくて、会社の売り上げの話を聞きたかったんです。赤字社員にならないように意識しようと思いまして…」

Ayaseパイセンは答えた。

「ちょっと、もう一回言ってもらえますか?給料のことじゃないんですね?」

テレアポの技ではなかったようだ。

純粋に質問の意図が伝わっていなかった。

とはいえ、面接でこんなこと聞くやつも僕以外にあまりいないだろう。

「例えばayの回線を売ったら、ADDIから御社にお金が入りますよね。それは成約件数で決まるんでしょうか?」

「あー、それは社長しか知らないんですけど、うちは代理店の代理店なんすよ。だから直接ADDIとはやりとりしてないんすよね。僕らの代理店もたくさんあるから、代理店の代理店の代理店みたいな、無限ループっすね!」

屈託のない笑顔でパイセンは教えてくれた。

コールセンターが倒産する理由を僕は推測した。

例えば

ADDI「うちの代わりに電話営業してください。成約1件につき2万円ね。」

代理店A「1件につき2万円はキツい。バイトの人件費がかかる分だけ、バイトがたくさん契約取らないと黒字化しない。俺らが契約とるより、俺らもどこかに電話営業させたらよくね?1件につき1万7千円にすれば、3000円売り上げ立つじゃん?代理店Bに声かけよう。」

代理店B「やってみたものの、1件につき1万7千円はきつい。俺らが電話かけて契約とるより、俺らもどこかに電話営業させたらよくね?1件につき1万4千円にすれば、3000円中抜きできるじゃん?」

こんな感じで、末端になればなるほど成約してももらえるお金が少ないのだろう。

経営に苦しむおじさんは、コールセンターで働く優秀な若者にどこかで声をかけるわけだ。

「きみさ、すっごい優秀だから、自分でコールセンターの会社持たない?システムも土地も貸してあげるし、銀行からお金借りるための書類の書き方も教えるからさ。社長になっちゃえよ。」

そうやってねずみ算式に代理店が増えては倒産する、そういう世界なのではないかと。

(あくまで僕の推測だ、実際はわからない)

そして同時に思った。

そんな世界を見てみたいと。

僕はさっそく次の日から研修に行くことにした。

雇用契約書は面接の日には見せてもらえず、初出勤の日に見せてもらうこととなった。

怪しい匂いしかしない。もはや潔いまである。

僕は分かってて飛び込むが、分からず飛び込む若者を増やす必要はないだろう。

若いみなさんはくれぐれも雇用契約書をしっかり確認し、時給やシフトなど労働条件を確認してからバイトして欲しい。

つづく。

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