よい先生との出会いは宝 【書道の話】
お疲れ様です。
子どもの夏休みの宿題をきっかけに、ほぼ毎日30分、字を書いている。
…いや、実は12月はけっこう忙しくて、サボり気味だった。
お手本は、市販のもの。
こだわりがあったわけではなく、道具を揃えたお店で見かけて、好きな字だなと思ったので購入。

続けてみると、見事に「じゃあ先のお題を踏まえて」、次のお題に行くという形であることに気づく。
過去の記事で、多少がんばってみても苦手なお題は飛ばすことがあると書いた。その後、その自分の怠惰によって首が締まってきている、とも書いた。ここは現在進行形。
もう一つ気付いたことは、一つのお題の中に、似た形を持つ字が使われていること。これが地味にしんどいのである。
たとえば、以下のような具合である。


活字なら揃っていて不思議がない部分も、筆では同じように書くと途端に浮いてしまう。「如」と「氷」のように、楷書では形が違うのに、行書では筆の運びが似るものもある。流れで同じように書こうとする自分の手との闘い。
書道教室に通っていたのは遥か昔であるので、当時は、お手本がこんなふうにスパルタに、難所を繰り返させ、似た形も単調にせず書き分けろ意味を考えろと問いかけてくるものとは考えもしなかった。
もっと考えて習っておけばよかった…というのは、今だから思うこと。もし小学生をやり直すことができても、きっとわたしはまた、筆でゾンビ漫画を書いていただろう。先生、毎週ゾンビ四コマを壁に貼ってごめんなさい。筆で書くことを好きでいさせてくれて、ありがとうございました。
いま、我が子も習い事をしていて、難しい時期に入ってきた。
毎回行っていればそれなりに上達する、という段階から、各自の取り組みによる差が明らかになる段階へと進んで、壁にぶつかっているようだ。
子が悩めば、親も悩む。どう取り組めばいいのか、親にできることは何か。
最近知ったのは、素直に「壁」を習い事の先生に相談して助けてもらうのも手段の1つ、ということ。多くの生徒さんを見てきた先生は、頼りになる。
良い先生との出会いは宝。何かを長く続けたり、好きでいることはもともと難しいから、そこで良い出会いがあるかどうかは重要だと、つくづく感じるこの頃である。
お読みいただき、ありがとうございました。
