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ジム・エイルズワース 『おじいちゃんのコート』

ぼくにとっての本書:
歴史、大河ドラマのような、おじいちゃんの人生。コートは継がれる、おじいちゃんの人生とともに。コートはつながる、孫の人生へと。


2014年の作品。
My Grandfather's Coat.
邦訳は2015年、福本友美子氏。

文は、ジム・エイルズワース氏、アメリカ生まれ。
株式仲介人から、教師へ。そして児童文学作家に。
教師をつづけながら30作!

絵はバーバラ・マクリントック氏。アメリカ生まれ。
ひいおじいさんはノルウェーの出身、移民。

服をつくる男性が主人公。お孫さんが語り手です。
歴史を感じます。いいですね!

東欧からのユダヤ系移民の口伝をもとにしたお話。
生きるということは、はたらくこと。生きるということは、ものをつなぐということ。

移民の歴史は、高校世界史のなかでももっともダイナミックな分野。僕は以前、ハワイの日系移民についてしばらく調べた時期がありました。

移民の歴史には悲しみがともなう。移民の歴史には、厳しさがともなう。

そうした悲しさ、厳しさの中から、生み出されるものがある。ラグジュアリアスなものじゃなくて、ただただ、身につけるもの。

ものを作る人への尊敬が、どういうわけか昔から僕の中には強いのですが、この作品は、ものととともに生きる人々の歴史でした(こちらの記事は、NYのギター職人リック氏の記事です)。

アメリカで身ひとつから独立開業までがんばったおじいちゃん。
仕立て屋。テーラーですね。

絵もとてもいいです!

豪華なものを着たいという気持ちにはあまりなったことはないのですが、しっかりと作られたものや、歴史を生きたものを身に付けたいと思うことは、僕は最近、ときどき思うようになりました。

僕は40歳。以前は、仕事の服は軽装であるほどよい、フットワークが軽い方がよい。そう考えていました。僕の学校の仕事でいえば、肉体労働と知的労働が半々くらいで、フットワークも確かに重要なのでした。でも最近、少し服に対する考え方が変わりつつあります。きちんとしたものを着たい。

40という歳に変化が欲しかったというのが大きかったかな。不惑の歳、何か変化がほしかったのですね、自分に。昨年から、いろいろと服装のことを考えるようになりました。

ジム・エイルズワース氏は、学校の先生でありながら、作家。
イギリス系移民と、イタリア系移民の子孫なのだそうです。
それにしても多いな、学校の先生兼児童文学作家。リンドグレーンもそうでした。

 みなさんがこのお話を読んで、まだ使えるものから何か新しいものをつくってみようと思ってくださればそうれしいです。それから、みなさんの家族にもこんなすてきなお話がきっとありますから、それを大切にしてください。おとなになるまで心の中にしまっておいて、子どもができたら、こんどはあなたが話してあげる番ですよ!

最後のページ、「作者のことば」より

「時のながれ」を語る人だなあ。エイルズワースさんの専門は、歴史だったかな、どうかな。でも株式仲介人だったというのもおもしろいですね。僕も株は好きです(下手の横好き)。

そういえば、僕はコーチングを学習中の40歳歴史教師ですが、コーチングの3大原則のひとつに、テーラーメイドであること、というものがあります。

コーチングもテーラーも、クライアントのためだけの、個別対応の仕事をする。そう思いはじめてから、テーラーの世界にも関心が強まっていたところでした(ものづくりへの尊敬もあいまって)。ちょうどそんなおり読んだ本だったので、強い印象を受けました。

そういえば、今年の共通テスト世界史は、服飾の歴史がテーマだったな。

うん、書きながら、わかったことがありました。

「ものを作る人への尊敬が、どういうわけか昔から僕の中には強いのですが」と、先ほど書いてみた。その理由は、もしかしたら、ものを作る人は、継ぐ人でもあるからかもしれません。

ものを作る人たちは、いつかそれを継承することについて、否応なく考える。

継承のテーマは、物や作品かもしれないし、技術そのものかもしれない。

作ったものをつなぐかもしれない、このお話のおじいちゃんのように。
あるいは自分の技術をつなぐかもしれない。NYのルシアーリック氏のように。

いずれにしても、ものを作ることは歴史をつなぐことなのだろう。ヒストリーボーイズのヘクター先生が言うように

だから僕はものを作る人が好きなのかもしれません。



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