『ドールズ・ハイ』 第2章『境界の継承』第5話『初陣』
―あらすじ―
教導院での同期戦術訓練と
限定同期訓練を終えた生徒たちは、
ついに初めての実任務へ臨むこととなった。
複数班合同で都市外縁部へ向かった一行は、
荒廃した大地に漂う張り詰めた空気の中、
魔獣反応を確認する。
シエラ班の索敵を起点に、
各班は、
教導院で学んだ戦術思想に従って陣形を展開。
訓練とは異なる現実の戦場を前に、
アルトは緊張を押し隠しながら
ノアと静かに共鳴する。
やがて魔獣との初戦闘が始まり、
仲間たちはそれぞれの役割を果たしていく。
理論を実戦へと繋ぐその一歩は、
アルトたちに戦場の厳しさと、
自分たちの未熟さを
静かに刻み込んでいくのだった。

第5話『初陣』
教導院の外縁部。
崩れかけた石造りの監視塔を背に、
生徒たちは静かに息を潜めていた。
乾いた風が砂塵を巻き上げ、
遠くには朽ちた建造物の影が連なる。
教導院の整然とした訓練場とは違う、
生きた戦場の空気だった。
「反応、
接近中。」
シエラが短く告げる。
《セレス》の感覚を通して捉えた魔獣の位置が、
全班へ共有される。
「数は四。
通常種です。」
ガルドは頷き、
静かに命じた。
「訓練どおりに動け。
焦るな。
仲間を信じろ。」
その一言だけで十分だった。
◇
最初に前へ出たのはダグ班だった。
重装突破型《グラド》が
低く唸りながら地を踏み鳴らす。
姿を現した狼型魔獣が一斉に飛びかかる。
「来い!」
ダグは恐れることなく正面から迎え撃った。
激しい衝突音が響く。
《グラド》は重い装甲で敵の突進を受け止め、
その勢いを殺さぬまま押し返す。
教本どおりではない。
それでも
実戦経験に裏打ちされた判断は迷いがなく、
敵の意識を完全に引きつけていた。
「今だ!」
その声に応えるように、
後方で雷光が閃く。
◇
カイン班が動く。
《ヴォルグ》は
狼を思わせる鋭い意匠を持つ半人型重高速機。
雷を纏った脚が大地を蹴ると、
一瞬で間合いを詰めた。
同期距離は五メートル前後。
カインの呼吸と《ヴォルグ》の動きは
寸分違わない。
雷刃が一閃し、
一体目の魔獣を正確に切り裂く。
同時に、
セシルの《エイル》が淡い光を広げ、
防御と同期を安定させる。
エルクの《シュバルツ》は側面へ回り込み、
逃げ道を塞ぐ。
三人の動きに無駄はない。
一つの戦術が、
そのまま形になったようだった。
「制圧完了。」
短い報告に、
ガルドは静かに頷く。
「教導院が積み重ねてきた基本形だ。」
◇
残る魔獣が隊列を乱そうと動く。
「左へ流れる!」
レオンが即座に指示を飛ばした。
《アルセイド》は突出することなく、
中距離を維持しながら仲間を支える。
敵が動けば陣形も変わる。
無理に押し返すのではなく、
有利な位置へ誘導する。
その柔軟さが万能型の強みだった。
シエラ班も呼応し、
《セレス》が敵の動きを先読みする。
「二時方向、
回り込みます!」
情報は一瞬で共有され、
レオン班が進路を塞ぐ。
突出した力ではない。
だが、
それぞれが自然に役割を果たすことで、
戦場そのものを支配していた。
◇
「アルト班、
前へ。」
胸が高鳴る。
訓練とは違う。
相手は本物だ。
アルトはゆっくり息を整えた。
「ミレイ、
索敵を。」
「了解。
《ルナ》、
右前方を重点観測。」
「リオ、
援護を頼む。」
「任せて!」
三人の声が重なる。
ノアは静かにアルトの傍らへ立つ。
言葉はない。
それでも、
不思議と心は落ち着いていた。
三〜五メートル。
教えられた同期距離を守りながら前進する。
魔獣が跳びかかる。
アルトが身構える、
その刹那――。
ノアは、
まるでアルトが動こうと考えるよりも先に、
一歩踏み出していた。
黒い刃が魔獣の爪を受け流す。
「え……?」
一瞬だけ、
アルトは違和感を覚える。
だが考える余裕はない。
「今だ!」
リオの《フェル》が敵の死角を突き、
ミレイの指示が飛ぶ。
「左、
あと一歩!」
アルトは迷わず踏み込む。
ノアは自然に呼吸を合わせるように動き、
最後の一撃を支えた。
魔獣は低い唸り声を残し、
崩れ落ちる。
その瞬間、
衣服の下に隠れた《アイゼン・ガルテン》が、
ごく一瞬だけ微かな温もりを宿した。
(……今のは。)
首元へ意識が向く。
しかし戦場では、
その違和感を確かめる時間などなかった。
◇
戦闘は十分足らずで終結した。
初陣としては上出来だった。
生徒たちの表情には安堵と疲労が入り混じる。
ガルドは全員を見回した。
「よく戦った。」
その言葉だけで、
生徒たちの緊張が少しだけほどける。
しかし、
ガルドは続けた。
「覚えておけ。」
「今日、
お前たちが相手にしたのは通常種だ。
本当の戦場は、
こんなものではない。」
誰も口を開かなかった。
実戦は終わった。
それでも、
自分たちの未熟さだけは誰もが理解していた。
その時だった。
教導院本部と接続された携帯観測装置が、
小さな電子音を鳴らす。
「……?」
担当教員が画面を覗き込み、
眉をひそめた。
一瞬だけ表示された、
未知の同期反応。
しかし次の瞬間には消えていた。
「誤作動か……?」
誰も深く気に留めなかった。
ただ一人、
アルトだけが無意識に胸元へ手を添える。
《アイゼン・ガルテン》は、
すでに何事もなかったかのように
静かな銀黒色を取り戻していた。
乾いた風が荒野を吹き抜ける。
その風は、
まだ誰も知らない新たな境界の訪れを、
静かに運んでいた。
