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『ドールズ・ハイ』          第2章『境界の継承』第8話『境界に残る微光』

―あらすじ―


初任務を終えた教導院には、
再び穏やかな日常が戻っていた。

各班は実戦で得た課題を胸に訓練へ励み、
アルト班も共鳴型戦術の連携を着実に深めていく。

しかし、
その穏やかさの裏では、
誰にも説明できない小さな違和感が
静かに積み重なっていた。

ミレイは
《ルミナ・ティア》に微かな揺らぎを感じ、
レイスは保留データを見直しても
異常を証明できずに首をかしげる。

ガルドだけは胸の奥に残る既視感を拭えない。

そして誰も知らぬまま、
教導院の観測記録には
新たな”揺らぎ”が刻まれようとしていた。

第8話『境界に残る微光』

朝の教導院は、
変わらぬ鐘の音で始まる。

訓練場には各班の掛け声が響き、
ゲゼールたちも静かに主たちへ応えていた。

「距離を維持しろ。
共鳴は焦れば乱れる。」

ガルドの声が訓練場に広がる。

アルトは頷き、
ノアとの間合いをゆっくり整えた。

三歩。

互いの気配を自然に感じられる距離。

以前なら探るように合わせていた呼吸は、
今では意識せずとも重なり始めている。

「いい調子だ。」

班員の声に、
アルトは小さく笑みを浮かべた。

ノアは何も語らない。

だが、
その静かな佇まいだけで、
十分に応えていた。



訓練を終えた中庭では、
各班が思い思いに休息を取っていた。

「最近、
アルト班らしくなってきたな。」

レオンの言葉に、
ダグも頷く。

「初任務を越えると変わるもんだ。」

少し離れた場所では、
カインがヴォルグと基本同期を繰り返していた。

《シュヴァル・ボルト》は
今日も安定した光を宿し、
その波形は教本どおりの美しさを示している。

その視線が、
ふとアルト班へ向く。

「……悪くない。」

短い一言だった。

だが、
その言葉には以前のような否定はなかった。

理論では測れないものがあるとしても、
それを実力まで否定するつもりはない。

アルトはその視線に気付き、
小さく頭を下げた。



木陰では、
リオがフェルの肩へ軽く触れていた。

「今日は昨日より息が合ったね。」

フェルは静かに頷く。

以前は不安ばかりだった同期も、
今では安心して身を委ねられるようになっていた。

その様子を見ていたミレイは、
自身の首元へ手を添える。

《ルミナ・ティア》。

透明な輝きを宿す家系装飾具が、
ごく僅かに震えた気がした。

「……また?」

周囲を見渡しても変わった様子はない。

アルトとノアも普段どおり訓練を続けている。

「気のせいならいいんだけど。」

胸の奥へ残る小さな違和感だけが消えなかった。



研究棟では、
レイス・オルディアが
保留となった同期データを再び開いていた。

画面へ映る波形は、
相変わらず正常値を示している。

侵食率も問題なし。

共鳴係数も理論値の範囲内。

それでも。

アルトとノアの記録だけ、
一瞬だけ波形が理論式から外れていた。

「証拠にはならない……。」

レイスはため息を漏らす。

バルクが端末を覗き込み、
肩をすくめた。

「誤差だろう。
数値が正常なら問題ない。」

「そうだな。」

レイスは記録を閉じる。

保留データは再び保存され、
結論は先送りとなった。



夕暮れ。

訓練を終えた生徒たちが寮へ戻る中、
ガルドだけは一人、訓練場へ残っていた。

整地された地面を見つめながら、
静かに目を細める。

「理論は受け継がれる。」

小さく呟く。

「だが、
理論だけでは届かないものもある。」

アルトとノアの姿が脳裏をよぎる。

あの波形。

あの静かな共鳴。

思い出しかけた過去を振り払うように、
ガルドは深く息を吐いた。

まだ語る時ではない。

そう自らへ言い聞かせるように歩き出す。



夜。

教導院の観測室では、
無人の端末が淡い光を放っていた。

一定の間隔で同期波形を記録する装置が、
いつものように静かに稼働している。

その時だった。

画面に一本の波形が走る。

ほんの一瞬だけ、
理論値から外れた微細な揺らぎ。

次の瞬間には正常値へ戻り、
警告が鳴ることもない。

自動記録だけが、
その痕跡を静かに保存した。

誰も気付かない。

誰も異常とは思わない。

それでも教導院のどこかで、
境界は確かに、
もう一歩だけ揺らいでいた。

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