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『ドールズ・ハイ』          第2章『境界の継承』第2話『静かなる変調』

―あらすじ―


第七封鎖区画での事件から日々が過ぎ、
教導院では穏やかな日常が続いていた。

しかし、
その平穏は以前とは確かに異なっていた。

アルトは《アイゼン・ガルテン》が
時折示す微かな共鳴を隠しながら訓練を重ね、
リオは親友の変化を静かに見つめ始める。

ミレイは《ルミナ・ティア》が捉える説明できない揺らぎを感じ取り、
カイン班は独自に施設構造と管理記録を追い続ける。

整備区画では結晶核の精製が変わらず行われる一方、
エルヴィンは数字に現れない違和感を抱き、
ガルドもまた記憶と現実の微細な食い違いに気付き始めていた。

隔離管理下のノアは安定した同期を維持し続けるが、
その波形だけが誰にも理解できない変化を刻み続ける。

そして誰も気付かぬまま、
教導院そのものが静かに変質を始めていた。

第2話『静かなる変調』


朝の訓練場には、
規則正しい号令が響いていた。

剣戟の音。

走り抜ける足音。

魔導訓練で放たれる淡い光。

教導院の日常は
何一つ変わっていないように見える。

それでも。

その風景を眺める者の胸には、
言葉にならない違和感だけが静かに積もっていた。



アルトは木剣を振り終え、
大きく息を吐いた。

首元では《アイゼン・ガルテン》が陽光を受けて静かに揺れている。

「今日は珍しく集中してるな。」

水筒を差し出しながら、
リオが笑う。

「そう見えるか?」

「前なら、
もう少し周りを見てた。」

アルトは苦笑する。

自覚はなかった。

だが最近、
自分でも無意識に何かを探していることに気付いていた。

誰かの視線。

聞こえない足音。

風の止む瞬間。

それらに身体が先に反応する。

リオはそれ以上何も言わなかった。

ただ、
親友の背中が以前より少しだけ遠く感じられた。



女子訓練棟。

ミレイは演習を終えると、
《ルミナ・ティア》へそっと指先を添えた。

淡い輝きが一瞬だけ脈打つ。

規則的ではない。

まるで何か遠い場所の鼓動へ呼応するように。

「……また。」

彼女は誰にも聞こえない声で呟いた。

異常ではない。

だが正常とも言えない。

教官へ報告するほどではない。

そんな曖昧な変化だけが、
日に日に増えていた。



資料室。

カイン班は,
古い管理図面を机いっぱいに広げていた。

「昨日と配置が違う。」

班員が図面を見比べる。

「いや、
違わない。」

別の班員が即座に否定する。

二枚の図面は全く同じだった。

違って見えた記憶だけが存在している。

カインは黙って保守管理区画周辺の記録を見つめる。

そこだけ、
妙に修正履歴が多い。

だが内容は全て「通常更新」。

何が更新されたのかは、
どこにも残っていなかった。



整備管理棟では、
《ポット》が一定の駆動音を響かせていた。

結晶核が一つ、
また一つと精製される。

エルヴィンは完成した結晶核を手に取り、
静かに光へ透かす。

「育ってるな……。」

フィオナが首を傾げる。

「何がです?」

「数字じゃねぇ。」

それだけ言うと、
彼は結晶核を棚へ戻した。

説明はない。

だが彼の視線だけは、
精製装置ではなく教導院そのものを見ていた。



巡回を終えたガルドは、
中庭で足を止めた。

噴水。

石畳。

植え込み。

どれも昨日と変わらない。

そう思った瞬間、
胸に小さな違和感が走る。

噴水の位置が少し違う。

いや。

最初からここだった気もする。

考え始めた途端、
その感覚は霧のように薄れていく。

「……疲れているのか。」

誰へともなく呟き、
再び歩き出した。

その背後で風が吹く。

噴水の水面だけが、
不自然に波紋を描いていた。



隔離管理区画。

ノアは静かに椅子へ腰掛けていた。

脈拍正常。

同期率安定。

精神状態も良好。

検査員は首を傾げる。

「反応が揺れない……。」

通常の同期は呼吸や感情で微細に変化する。

だがノアの波形は一定だった。

一定でありながら、
生きている。

まるで誰かと見えない対話を続けているかのように。

ノアは静かに窓の外を見つめる。

その視線の先には、
訓練を終えたアルトの姿があった。

届く距離ではない。

それでも二人の同期波形は、
ごく僅かな周期だけ重なっていた。



夕刻。

教導院全体へ帰寮を告げる鐘が鳴る。

生徒たちは談笑しながら校舎へ戻っていく。

誰もが今日も平和だったと思っていた。

その頃。

保守管理区画最深部。

監視端末が何の前触れもなく起動する。

画面へ一行だけ文字が浮かぶ。

《同期対象再確認》

続いて。

《継承率 0.03%上昇》

表示は数秒で消えた。

ログは残らない。

監視記録にも記録されない。

誰も知らない。

誰にも知られない。

それでも教導院のどこかで、
確実に何かが進み始めていた。

静かに。

誰一人、
その変化へ名前を与えられないまま。

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