『ドールズ・ハイ』 第2章『境界の継承』第10話『受け継がれる戦術』
―あらすじ―
初任務を終えたアルトたちは、
教導院での日常へと戻っていた。
仲間との連携は着実に深まり、
アルト班も少しずつ
「共鳴型」として形を成し始めている。
一方で、
ノアの黒い装甲には
誰にも気付かれない白い亀裂が静かに広がり、
《アイゼン・ガルテン》も微かな反応を示し続けていた。
しかし、
波形解析では依然として異常は確認されず、
教導院の日常は変わらず流れていく。
そんな中、
ガルド教官から
新たな合同実戦訓練が告げられる。
それは、
生徒たちが受け継いできた戦術理論を試す、
新たな一歩だった。

第10話『受け継がれる戦術』
朝靄がゆっくりと晴れ、
教導院の広い訓練場へ
柔らかな陽光が差し込んでいた。
整列する生徒たちは、
それぞれの家系装飾具へ静かに手を添え、
今日の同期状態を確かめている。
アルトも胸元の
《アイゼン・ガルテン》へ軽く触れ、
小さく息を整えた。
隣ではノアが変わらぬ無言のまま佇み、
黒い装甲は朝日に鈍く輝いている。
初任務を経た空気は、
以前よりも少しだけ引き締まっていた。
◇
壇上へ立ったガルド教官は、
生徒たちをゆっくりと見渡した。
「本日より合同実戦訓練を開始する。」
静かな声が訓練場へ響く。
「今回重視するのは敵を倒すことではない。
班として連携し、
状況を判断し、
同期を維持したまま目標地点を制圧することだ。」
教官用訓練機が敵役となり、
複数班が同時に行動する模擬任務。
実戦を想定した内容である一方、
勝敗ではなく、
生き残るための判断と
連携こそが評価対象であるとガルドは告げた。
「受け継がれた戦術は、
お前たち自身の命を守るためにある。」
その言葉に、
生徒たちは真剣な表情で頷いた。
◇
各班はそれぞれ準備を始める。
カイン班は無駄な動き一つなく、
役割確認を終えていく。
理論に裏打ちされた
制御型らしい整然とした空気が漂っていた。
レオン班では
全員が短い言葉だけで意思を通わせ、
安定感のある陣形を確認している。
シエラ班は索敵機材と同期距離を細かく見直し、機動力を最大限に活かす準備を進めていた。
一方、
ダグ班は過去の実戦経験を踏まえ、
「状況は必ず変わる」という前提で
柔軟な対応を話し合っている。
どの班も異なる思想を持ちながら、
それぞれの戦術を磨き続けていた。
◇
アルト班でも、
訓練前の最終確認が始まる。
「今回は無理に前へ出ないで。
共鳴を切らさないことを優先するよ。」
ミレイが簡潔に作戦をまとめる。
「了解。
俺は左側を見る。」
リオも以前より落ち着いた声で応じた。
初任務を経験したことで、
その表情から焦りは薄れている。
アルトも頷きながら全員を見回した。
「みんなで帰ってくる。
それが今回の目標だ。」
その言葉に三人は自然と笑みを浮かべた。
そこへカインが歩み寄る。
「アルト。」
「はい?」
「お前の班……前よりまとまってきたな。」
率直な言葉だった。
競い合う相手だからこそ、
その評価には重みがある。
アルトは少し照れたように頭を掻いた。
「まだまだだよ。
みんなに助けられてばかりだから。」
「その考えを忘れるな。」
短く言い残し、
カインは自班へ戻っていく。
その背中を見送りながら、
アルトは胸の奥で静かな決意を新たにした。
◇
訓練開始まで、
あとわずか。
ノアは静かにアルトの傍らへ立つ。
その瞬間。
黒い装甲を走る白い亀裂が、
ごく一瞬だけ淡く白銀に煌めいた。
ほんの瞬きほどの短い光。
誰も気付かない。
アルトだけが胸の奥へ小さな違和感を覚え、
思わずノアへ視線を向ける。
「……今のは。」
問い掛けても、
ノアは何も語らない。
静かな瞳だけがアルトを映していた。
その時、
訓練開始を告げる号令が訓練場へ響く。
「合同実戦訓練、
開始準備!」
生徒たちは一斉に動き出す。
アルトも意識を切り替え、
胸に残る小さな違和感を心の奥へしまい込んだ。
受け継がれてきた戦術。
積み重ねられてきた理論。
その先で、
まだ誰も知らない新たな共鳴が、
静かに境界を越えようとしていた。
