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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第52話『不在証明』

―あらすじ―


「何かが欠けている」

その感覚は教導院全体へ静かに広がっていた。

ダグ班は訓練結果の“手応えの欠落”に気付き、フィオナは成績データの整合性の中に説明できない空白を見つける。

ミレイは欠番ログの増加が加速している事実を観測し、カインは《第零隔離事案》の断片から“未定義接触領域”という概念へ辿り着く。

教導院は正常に稼働している。

それでもそこには、「存在しているのに認識されないもの」が確実に混ざり始めていた――。

第52話『不在証明』


晩秋の教導院は、
曇天の白さの下で静かに稼働していた。

授業、

訓練、

整備、

点呼。

どれも正確で、
どれも正常で、
どれも問題がない。

だからこそ、
違和感だけが浮いている。

廊下を歩く足音が、わずかに遅れて響く。
振り返った瞬間だけ、人の輪郭が薄くなる。
誰も説明しないまま、その“ズレ”だけが全員の中に残っていた。



ダグ班は訓練場にいた。

模擬戦は予定通り終了している。

記録も被弾ログも勝敗も、
すべて正常。

だがダグは武器を下ろしたまま動かない。

「……軽い」

誰に向けたわけでもなく、
そう呟いた。

「何がっすか?」

「全部だ」

ダグは画面を見ない。
自分の手を見る。

「当たった感触が薄ぇ。

やってるはずなのに、
返ってくるもんがねぇ」

「ログは正常ですよ」

「知ってる」

即答だった。

問題はそこじゃない。

「勝ってるのに、
勝ってる感じがしねぇ」

その言葉に誰も返せなかった。



フィオナ班は記録整理室にいた。

出席、成績、演習履歴。
すべて完璧に整っている。

フィオナは端末を止める。

「……完璧すぎる」

「何がですか?」

「揃いすぎてる」

淡々とした声だったが、
そこには確かな違和感があった。

「普通はズレがある。
誤差がある。でもこれ……一切ない」

「良いことじゃないんですか?」

「違う」

言い切れないまま、
フィオナは画面を見つめる。

そこには“正しすぎる現実”が並んでいた。



ミレイは解析室でログを追っていた。

欠番データは増えている。
しかし問題はその“増え方”だった。

不規則。
ではない。

揺らいでいる。

「……呼吸してるみたい」

欠番の間隔が、
ある周期で詰まり、
また開く。

まるで何かが、
こちらの観測に合わせて位置を変えているように。

「これ、データじゃない……?」

呟いた瞬間、指先が冷える。



カインは旧資料の奥へ踏み込んでいた。

《第零隔離事案》

その断片はさらに欠けている。

だが新たな語句が浮かび上がる。

『未定義接触領域』

「接触対象が……定義されていない」

意味は成立しないはずだった。

それなのに、
今の状況と一致してしまう。

存在しているのに、
対象として成立しない。

カインは静かに息を吐いた。

「枠の外じゃない……枠そのものが壊れてる」



昼食時。

食堂はいつも通り混雑している。

だが、一人の生徒が箸を止めた。

「……誰か、いた気がする」

隣の生徒が振り返る。

「誰?」

「いや……分からない」

皿は一枚。
椅子は一つ空いている。

それなのに“もう一人いたような感覚”だけが残る。

数秒後、
その話題は自然に消えた。

最初から何もなかったように。



教導院データベースは自動整合を完了する。

『総数一致』
『異常なし』
『正常稼働』

すべて問題なし。

だが画面の隅で、
一瞬だけ表示される。

『∅』

次の瞬間、消失。

ログには残らない。

誰も気付かない。



夜。

アルトは廊下に立っていた。

ポケットの中には、
折りたたまれた紙。

『思い出さないで』

捨てることもできない。

その時だった。

空間が、
わずかに揺れる。

見えないはずの“ずれ”。

人の気配。

距離の定義が曖昧になる感覚。

アルトは動けなかった。

確信だけが残る。

何かがそこにいる。

だがそれは、
“いる”と呼べる形をまだ持っていない。

そこで夜は途切れた。

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