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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第14話『白の兆し』

ーあらすじー

模擬迷宮演習を終えた翌日。
教導院では、黒殻型《シュヴァルツ・タイプ》――ノアの存在が静かに噂になり始めていた。

以前のような嘲笑ではない。
理解できないものを見る視線だった。

アルト自身もまた、ノアとの同期の変化を隠しきれなくなっていた。
時折流れ込む感覚。
脈動する白い亀裂。
自分のものではない視界。

一方で、リオとフェルの間にも微かな感覚共有が芽生え始める。
それは教導院が理想とする“正常な同期”だった。

だからこそ、ノアの異常性は際立っていく。

夜。
格納庫で白く脈打つ黒殻へ触れた瞬間、アルトは再び“誰かの感覚”を受け取る。

冷たい装甲。
軋む駆動音。
そして――。

それが本当にノアの感覚だったのか。
アルトには、もう分からなかった。



第14話『白の兆し』

朝の教導院は、昨日までより少しだけ騒がしかった。

演習棟へ続く長い通路。

軍属候補生たちの視線が、断続的にアルトへ向く。

小声。

途切れる会話。

意図的に逸らされる視線。

以前なら、
“フォルテ・アイゼンの弟”として向けられていたものだ。

今は違う。

黒殻型。

その単語だけが、
空気の奥で静かに滲んでいた。

アルトは気づかないふりをして歩く。

けれど、背中の奥に残る感覚が消えない。

白い亀裂。

脈動。

装甲内部を流れる熱。

ノアは今、
整備区画で待機しているはずだった。

それでも感覚だけが、
まだ近くにある。

「……アルト」

横から声がした。

ミレイだった。

彼女は周囲を見ず、
そのまま前を歩く。

「昨日から、一瞬だけ止まる時ある」

「え?」

「呼ばれたあと。少し遅れて戻ってくる感じ」

アルトは返答に詰まった。

図星だった。

最近、
視界が白く滲む瞬間がある。

何か別の感覚が、
脳へ割り込む。

けれど、それを上手く説明できない。

ミレイはそれ以上追及しなかった。

ただ、

「無理に合わせ続けると、壊れるよ」

静かにだけ言った。

責める声ではない。

確認するような声音だった。

訓練区画では、
朝から班単位の同期調整が行われていた。

軍属育成機関らしく、
空気は淡々としている。

指示。

点呼。

同期率確認。

整備班の移動。

無機質な端末音。

その中で、
リオだけが少し落ち着かない様子だった。

「フェルの反応速度、昨日より上がってる気がするんだよな……」

不安そうに呟く。

傍らの小型支援機《フェル》は、
静かに浮遊していた。

白い補助光が、
時折微かに揺れる。

「悪いことじゃないだろ」

アルトが言う。

「う、うん……でもさ」

リオは言葉を選ぶように目を伏せた。

「時々、先に動こうとする感じがあるんだよ。俺が考える前に」

その瞬間。

アルトの胸の奥が、
微かにざわついた。

同期。

共有。

境界。

どこまでが正常なのか。

ガルド教官は演習データを見ながら、
短く告げる。

「同期は便利な技術じゃねぇ。境界を削る技術だ」

静かな声だった。

だが、
訓練場の空気が少しだけ張る。

「使えば使うほど、“混ざる”」

義手の指先が、
端末を閉じた。

「だから制御を覚えろ」

それだけだった。

説明はない。

けれどアルトだけは、
ガルドの視線が一瞬だけ自分へ止まったことに気づいていた。

その頃。

別区画では、
カイン班が訓練を続けていた。

銀灰色の雷装甲機《ヴォルグ》。

高機動用の駆動音が、
低く響く。

カインの動きに無駄はない。

踏み込み。

回避。

斬撃。

完成された連携。

だが。

「……遅い」

カインが小さく呟いた。

エルクが視線を向ける。

「誤差0.2秒。十分だ」

「十分じゃ意味がない」

返答は鋭い。

だが怒気ではない。

焦燥だった。

完成されているはずなのに、
届かない。

その感覚だけが、
カインを静かに削っていた。

セシルが空気を和らげるように笑う。

「まぁまぁ。昨日よりは良い感じだよ?」

「……昨日より、か」

カインは視線を逸らした。

昨日より。

成長。

変化。

その単語に、
わずかな苛立ちが滲む。

未完成なものが変わっていく。

それが、
どうしても許容できなかった。

整備区画。

ノアは静かに固定されていた。

漆黒装甲。

その表面を走る、
白い亀裂。

以前より広がっている。

だがそれは、
損傷には見えなかった。

呼吸のようだった。

微かに明滅する。

白い粒子が、
装甲表面から霧のように散っている。

整備士たちも近寄りたがらない。

アルトはゆっくり近づいた。

その瞬間。

脳の奥で、
何かが軋んだ。

熱。

圧迫感。

駆動補正。

視界解像度。

無数の情報が、
断片的に流れ込む。

人間の感覚ではない。

重い装甲の内部を、
魔力が循環している。

振動。

遠くの足音。

敵意に似た反応。

そして。

白い亀裂の奥で、
何かが脈打つ。

アルトは思わず息を呑んだ。

怖い。

なのに。

離れたくない。

その感覚の意味が、
自分でも分からなかった。

夜。

格納庫は静かだった。

最低限の照明だけが、
黒い床を照らしている。

アルトは一人、
ノアの前に立っていた。

白い亀裂は、
暗闇の中で淡く浮かんでいる。

生き物の血管みたいだった。

手を伸ばす。

触れた瞬間。

視界が揺れた。

冷たい。

硬い。

けれど奥で何かが熱を持っている。

駆動音。

金属骨格への負荷。

遠くで響く振動。

誰かの気配。

違う。

違うのに。

理解だけが直接流れ込んでくる。

境界が曖昧になる。

自分の感覚なのか。

ノア側なのか。

判別できない。

その奥で。

微かに。

“壊れる”

という理解だけが、
ノイズ混じりに滲んだ。

アルトは反射的に手を離す。

呼吸が乱れる。

静まり返った格納庫。

ノアは動かない。

ただ白い亀裂だけが、
ゆっくり脈打っていた。

――今のは。

誰の感覚だった。

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