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『ドールズ・ハイ』          第2章『境界の継承』第9話『静かなる変化』

―あらすじ―


初任務を終えたアルト班は、
再び教導院での日常へと戻っていた。

訓練を重ねる中で、
仲間との連携は確かな成長を見せ始める一方、
アルトはノアとの共鳴に
言葉では説明できない変化を感じ始めていた。

戦闘記録にも異常はなく、
教導院はいつもどおりの時間を刻んでいる。

しかし、
その静けさの裏では、
理論では測れない何かが確かに動き始めていた。誰も気付かない小さな違和感。

それは、
やがて教導院全体を揺るがす異変へと繋がる、
静かな始まりだった。


第9話『静かなる変化』


朝の訓練場には、
木剣の打ち合う音と教官の号令が響いていた。

初任務を終えた生徒たちの表情には、
以前にはなかった落ち着きが宿っている。

「今日は息が合ってたな。」

リオが額の汗を拭いながら笑う。

「実戦を経験した分、
距離感が分かってきたんだろ。」

カインは冷静に答え、
首元の《シュヴァル・ボルト》へ軽く触れた。
その淡い輝きは、
変わらぬ安定を象徴している。

ミレイも微笑みながら頷く。

「アルト班らしくなってきたね。」

その言葉にアルトは照れくさそうに笑うが、
隣に立つノアだけは何も語らない。

黒い装甲に包まれたその姿は静かなまま。

それでも以前より、
互いの呼吸が自然に重なっていることを
アルトは感じていた。



午後、
整備区画。

整備主任バルクは、
任務を終えたゲゼールたちを順に点検していた。

ヴォルグ。

ルナ。

フェル。

どの機体も細かな損耗はあるものの、
診断結果は正常値を示している。

最後にノアの前へ立つと、
バルクは無意識に眉を寄せた。

「……また、
増えたような。」

黒い装甲を走る白い亀裂。

第1章終盤から見られ始めたその模様は、
確かに以前より細く長く広がっているように見えた。

診断装置を接続する。

緑色の表示。

『異常なし』

同期率、
結晶核、
共鳴安定値。

どれも基準値の範囲内だった。

「気のせい……か。」

そう呟いたバルクは端末を閉じる。

理論上、
異常は存在しない。

だからこそ、
その違和感を言葉にすることはなかった。



整備を終えたアルトは、
一人でノアのもとへ歩み寄った。

近付くほど、
不思議な安心感が胸に広がる。

ノアは静かに立ち尽くし、
アルトを見つめ返すだけだった。

その黒い装甲を見上げた瞬間。

白い亀裂が、
まるで呼吸するように淡く明滅した気がした。

「……今、
光った?」

目を凝らす。

だが次の瞬間には、
何事もなかったかのように黒い装甲へ戻っている。

錯覚だったのか。

疲れが残っているだけなのか。

アルトは小さく息を吐き、
ノアの肩へそっと手を添えた。

冷たいはずの装甲から、
不思議な温もりが返ってくるような気がした。

ノアは何も語らない。

それでも、
その沈黙はどこか穏やかだった。



ふいに胸元が温かくなる。

アルトは反射的に首元へ手を伸ばいた。

《アイゼン・ガルテン》。

旧名門アイゼン家に伝わる白銀の首飾りが、
衣服の下で一瞬だけ淡い光を放っていた。

鼓動に合わせるような、
ごく微かな輝き。

「……なんだ?」

指先で触れた瞬間、
その光は静かに消える。

熱も、
鼓動も、
何事もなかったように戻っていた。

アルトは首を傾げながらも、
小さく笑う。

「疲れてるだけか。」

そう自分に言い聞かせ、
首飾りを服の中へ戻した。

その様子に気付く者は、
誰一人いなかった。



整備区画の入口。

ガルドは静かに立ち止まり、
アルトとノアを遠くから見つめていた。

白い亀裂。

胸元へ伸びた手。

そして、
言葉にできない空気。

ほんの一瞬だけ、
その瞳に過去の記憶がよぎる。

だが彼は何も語らない。

「……まだ、
早い。」

誰にも聞こえないほど小さな独り言を残し、
踵を返した。

夕暮れの教導院は穏やかだった。

訓練を終えた生徒たちの笑い声が響き、
整備区画では
今日も変わらず機械音が鳴り続ける。

誰も知らない。

静かな日常の裏で、
黒い装甲の奥に眠る何かが、
ほんの少しずつ目覚め始めていることを。

そして、
その変化に最も近い場所にいるのが、
アルトであることを。

境界は、
まだ誰にも見えないまま、
静かに揺らぎ続けていた。

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