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『ドールズ・ハイ』          第2章『境界の継承』第20話『静かな揺らぎ』

―あらすじ―

旧演習区域での異変から数日が過ぎ、
教導院には穏やかな日常が戻りつつあった。

だが、
同期戦術基礎の訓練中、
複数のゲゼールに、
微細な同期波形の揺らぎが現れる。

数値は正常で、故障とも断定できない。

アルトはノアを通じて、
他とは異なる違和感を感じ取る。

教導院が経過観察を決める一方、
ノアの白い亀裂は静かに広がり、
夜の解析室では、
白い結晶片の容器内に記録されない白い霧が現れる。

第20話『静かな揺らぎ』


教導院の朝は、
いつもと変わらなかった。

廊下を行き交う生徒たちの足音。
訓練区画から響く金属音。
遠くで交わされる教官たちの指示。

旧演習区域で起きたことも、
表面上は過ぎ去った出来事になりつつあった。

だが、
アルトには妙な静けさが残っていた。

同期戦術基礎の訓練場。

複数のゲゼールが配置され、
生徒たちは、
それぞれのリンカーとの同期状態を
確認していた。

「同期率、安定」

ミレイが端末を見ながら呟く。

その直後だった。

画面上を流れていた波形が、
ごく僅かに揺れた。

ほんの一瞬。

目を離せば見落とす程度の変化だった。

「……今の見た?」

ミレイがアルトを見る。

「見た」

アルトは即答した。

数値は正常だった。

警告も出ていない。

機器の故障を示す兆候もない。

それなのに、
ノアだけが微かに首を動かしていた。

黒い装甲の奥で、
何かを探すように。

「まただ」

アルトが呟く。

「またって?」

リオが聞く。

「分からない。
でも……昨日と同じ感じがする」

ノアは何も語らない。

ただ、
アルトの精神に触れている同期の奥で、
ごく薄い違和感だけが伝わってくる。

遠い場所から響いてくるような感覚。

音ではない。

気配とも違う。

そこにあるはずのない何かが、
一瞬だけこちら側へ触れたような感覚だった。



訓練が終わると、
三人は器材を片付けながら顔を寄せた。

「偶然とは思えない」

ミレイが言った。

「俺もそう思う」

リオが答える。

アルトはノアを見た。

「ノアが何かを感じてる」

「ノアが?」

「たぶん」

言葉にした途端、
自分でも曖昧さが分かった。

証拠はない。

説明もできない。

ただ、
昨日までとは違う。

それだけだった。

「なら、
無理に答えを出さなくてもいいだろ」

リオが静かに言った。

「分からないなら、
分からないままでいい。
アルトが見てるなら、
俺は信じる」

ミレイも頷いた。

「私も」

その言葉が、
妙に重く感じられた。



訓練記録を確認していたガルドは、
画面を止めた。

「……ここだ」

隣にいたレイスが波形を拡大する。

「確かに揺れている。
しかし数値は許容範囲内です」

バルクが腕を組む。

「機器の誤差じゃないのか?」

「その可能性は否定できません」

レイスは答えながら、
別の記録を重ねた。

そこにも、
同じような揺らぎがあった。

発生時間も幅も微妙に違う。

それでも、
完全に無関係とは言い切れなかった。

ガルドは黙って画面を見つめる。

「故障なら、
原因がある」

「はい」

「原因がないなら、
まだ俺たちが見つけられていないだけだ」

レイスは返事をしなかった。

正式な異常として報告できるほどの証拠はない。

結局、
記録は経過観察として処理された。

だがガルドは、
画面を閉じる直前まで波形から
目を離さなかった。



夕方。

格納区画の薄暗い照明の下で、
アルトはノアと向き合っていた。

黒い装甲。

そこに走る白い亀裂。

以前より、
ほんの少しだけ広がっている。

傷が増えたというより、
黒い表面の内側から
押し広げられているようにも見えた。

アルトは手を伸ばす。

だが、
触れる寸前で止めた。

その瞬間。

亀裂の奥を、
淡い白光が走った。

一瞬だった。

光はすぐに消え、
残ったのはいつもの白い亀裂だけ。

「……今の、
何だったんだ?」

ノアは答えない。

アルトにも分からない。

ただ、
その白さが以前より近く感じられた。



夜。

誰もいない解析室。

保管棚の奥で、
白い結晶片が静かに眠っていた。

レイスは一人、
昼間のデータを確認していた。

そのときだった。

結晶片を収めた容器の内部に、
白い霧のようなものが生じた。

ほんの一瞬。

薄く広がり、すぐに消える。

レイスは息を止めた。

端末を見る。

記録はない。

波形にも変化はない。

温度も圧力も正常。

何も起きていない。

それでも、
確かに見えた。

レイスは画面を見つめたまま、
小さく呟く。

「……記録されていない」

静まり返った解析室で、
その言葉だけが残った。

そして保管容器の中では、
消えたはずの白い霧が――ほんの僅かに、
揺れていた。

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