『ドールズ・ハイ』 第1章『黒の残響』第15話『深層反応』
―あらすじ―
教導院で初となる本格的な院外実地訓練が始まった。
演習区域となったのは、帝国東部に存在する危険地帯「カルナ廃路地帯」。
崩壊した街並みと濃霧に包まれたその場所で、アルト達は初めて本物の魔獣との戦闘へ挑むことになる。
実戦の中で、アルト班は確かな成長を見せていく。
リオとフェルの同期精度は向上し、ミレイの冷静な指揮も安定感を増していた。
しかし、中型魔獣との戦闘中、アルトはノアとの同期によって異常な感覚を体験する。敵の動きが“見える”。
思考と感覚が溶け合うような高揚感。
そして、もっと繋がりたいという危うい欲求――。
一方で、ノアの白い亀裂には微細な変化が現れ始めていた。

第15話 『深層反応』
教導院・中央演習室。
朝から空気が騒がしかった。
「外だってよ外!」
「やっと実戦っぽくなってきたな!」
ダグ班が大声で盛り上がる。
一方、レオン班は地図端末を囲みながら冷静にルート確認をしていた。
「カルナ廃路地帯か。視界不良区域だな」
「魔獣出現率は中程度。まあ問題ない」
シエラ班は既に資料を読み込み終えている。
「旧補給路跡……地下通路もあるかも」
「霧の濃度変化に注意ね」
それぞれの班が、それぞれのやり方で準備を始めていた。
教導院全体が、
ひとつの“実戦”へ向かって動き始めている。
その空気を、
アルトは少し緊張しながら見ていた。
前方。
ガルド教官が腕を組む。
「本日より、中規模実地訓練を開始する」
ざわり、と空気が変わった。
「演習区域は帝国東部――カルナ廃路地帯」
壁面モニターへ、
崩壊した街並みの映像が映る。
霧。
崩れた石造建築。
折れた軍標識。
静かな廃墟。
「今回は採集だけではない」
ガルドの低い声。
「魔獣戦闘も含む」
空気が引き締まる。
リオが小さく息を呑んだ。
「外って……
かなり危険なんだよな?」
フェルがその横で微かに身じろぎする。
ミレイは静かに答えた。
「だからこそ、
班行動が重要になる」
落ち着いた声だった。
それだけで、
少し安心できる。
アルトは小さく息を吐いた。
その横で、
ノアはいつも通り無言で立っている。
黒い装甲。
白い亀裂。
ただ、
そこにいるだけ。
なのに最近、
妙に存在感が強い。
「では出発する。
各班、指定ルートへ移動しろ」
ガルドの号令と同時に、
生徒達が一斉に動き出した。
◆
カルナ廃路地帯。
帝国東部演習区域。
輸送馬車の振動が止まり、
アルト達は外へ降り立った。
「……すご」
アルトは思わず呟いた。
崩れた街。
半壊した石造建築。
霧に埋もれた路地。
古びた帝国軍標識が、
斜めに倒れたまま放置されている。
風が吹く。
かすかに鉄臭い。
今までの演習場とは違う。
ここは、
本当に“外”だった。
「各班、予定ルートへ!」
遠くで教官の声。
ダグ班が騒ぎながら西側へ走る。
「先に魔獣倒した班が勝ちな!」
「お前それ演習の趣旨違うだろ!」
シエラ班は静かに東側路地へ消えていった。
レオン班は余裕ある足取りで中央通路へ。
広い。
そして危険だ。
アルト班も北側区域へ進み始める。
「……静かだな」
アルトが呟く。
ミレイが周囲を見る。
「静かな場所ほど、
気を付けた方がいい」
ルナの光輪が微かに回転した。
索敵。
その時だった。
フェルがぴくりと反応する。
リオが目を見開いた。
「右だ……!」
直後。
崩れた壁の陰から、
小型魔獣が飛び出した。
「来た!」
アルトが即反応。
黒短剣を抜く。
以前より速い。
踏み込みが軽い。
魔獣の爪を回避し、
側面へ滑り込む。
斬撃。
黒い閃光。
魔獣が吹き飛んだ。
「よし!」
リオも後方支援へ入る。
フェルの感覚が流れ込む。
危険位置。
敵の気配。
以前より、
ずっと分かる。
「左からもう一体!」
「了解!」
アルトが即座に対応。
ミレイが静かに声を飛ばす。
「焦らないで。
ちゃんと見えてる」
不思議だった。
ミレイにそう言われると、
視界が整理される。
呼吸が落ち着く。
アルト班は、
確実に連携できるようになっていた。
◆
さらに奥。
濃霧区域。
そこへ入った瞬間。
低い唸り声が響いた。
リオの顔色が変わる。
「……っ」
霧の中から現れたのは、
中型四脚魔獣。
全長三メートル級。
黒灰色の外殻。
異様に速い。
「中型……!」
アルトが構える。
次の瞬間、
魔獣が消えた。
「速――!」
横薙ぎの爪。
アルトが辛うじて防ぐ。
重い。
吹き飛ばされる。
「アルト!」
ミレイが即座に防御障壁を展開。
リオが震えた。
「に、逃げた方が……!」
恐怖で声が上擦る。
その時だった。
ノアの白い亀裂が、
微かに脈動する。
次の瞬間。
アルトの感覚が変わった。
敵の筋肉。
重心。
次の動き。
――分かる。
「右……次、跳ぶ……!」
アルトが反射的に動く。
直後。
魔獣が本当に右へ跳躍した。
「えっ……!?」
リオが目を見開く。
アルトは止まらない。
身体が自然に動く。
避ける。
斬る。
潜る。
まるで、
戦闘の流れそのものが見えているようだった。
ノアが動く。
アルトも動く。
境界が薄い。
なのに――
気持ちいい。
「……っ!」
アルトの口元が、
少しだけ笑った。
怖いより先に、
高揚感が来る。
もっと動ける。
もっと見える。
もっと――
「アルト!」
ミレイの声。
我に返る。
「今!」
アルトが飛び込み、
黒短剣を叩き込む。
魔獣の核部へ直撃。
中型魔獣が崩れ落ちた。
静寂。
「……勝った?」
リオがへたり込む。
荒い呼吸。
アルトも息を切らしていた。
なのに。
胸の奥だけ、
妙に熱かった。
◆
崩れた魔獣の中心部。
淡く光る結晶が残っていた。
「……中型核?」
リオが呟く。
ミレイがしゃがみ込む。
「うん。
状態も悪くない」
透明度の高い結晶。
内部に淡い光が揺れている。
アルトが見下ろす。
「これ、
結晶核に出来るのか?」
「ちゃんと精製すれば」
ミレイが答える。
「ゲゼール強化用資源としては、
かなり良質」
アルトが核へ触れた瞬間。
ノアの白い亀裂が、
一瞬だけ微かに明滅した。
気のせい。
本当に、
そう思える程度。
だがミレイは、
静かにノアを見ていた。
◆
一方その頃。
別区域。
カイン班。
ヴォルグが高速機動で魔獣を翻弄する。
斬撃。
爆発。
連携。
完成度が違う。
中型魔獣ですら、
危なげなく処理していく。
「相変わらずだな……」
エルクが呟く。
シュバルツが周囲索敵を継続。
セシルも安定した支援を維持していた。
「すごい……」
他班生徒が思わず漏らす。
カインは当然のように剣を払った。
そこへ別班の報告が届く。
「アルト班、
中型倒したらしいぞ」
カインが僅かに眉を動かした。
「……あいつらが?」
少し意外そうな声。
だがそれだけだった。
まだ格上。
まだ差は大きい。
ただ――
ノアだけは、
やはり引っかかる。
「分からないものは、
確認しておきたいだけだ」
カインは静かに呟いた。
◆
演習終盤。
霧深い廃路。
再び魔獣接近。
アルトがノアと同期する。
その瞬間。
視界が広がった。
敵位置。
殺気。
気流。
全部流れ込む。
「……っ!」
思考が混ざる。
でも苦しくない。
むしろ――
万能感。
何でも出来そうな感覚。
アルトが駆ける。
速い。
迷いがない。
ノアの白い亀裂が、
さらに微かに広がった。
ミレイが気づく。
「……アルト、
同期切って」
その声だけが、
妙に遠く感じた。
もっと続けたい。
もっと見たい。
もっと繋がりたい。
「アルト!」
強めの声。
はっとする。
同期解除。
途端、
膝が揺れた。
「はぁ……っ、は……」
息切れ。
視界が滲む。
でも。
どこか惜しかった。
まだ続けられたのに。
そんな感覚が、
胸に残っていた。
◆
帰還後。
教導院。
生徒達は疲労困憊だった。
ダグ班は相変わらず騒ぎ。
「俺三体倒した!」
「いや盛るな!」
レオン班は戦果比較。
シエラ班は淡々と記録整理。
教導院全体が、
今日の実地訓練を語っていた。
アルト班も壁際で座り込む。
「……本当に死ぬかと思った」
リオが苦笑する。
フェルも隣でぐったりしている。
ミレイが少しだけ笑った。
「でも、
ちゃんと生き残った」
優しい声。
アルトは、
少しだけ安心する。
視線を上げる。
ノアは窓際で静止していた。
無機質。
無言。
いつも通り。
なのに。
“通じている”
そんな感覚だけが、
確かにあった。
少し怖い。
でも――
嫌ではない。
◆
夜。
寮室。
アルトは寝る前に、
ふと視線を向けた。
ノアが窓の外を見ている。
月光。
白い亀裂。
静止した黒い影。
その姿が、
妙に人間らしく見えてしまった。
もちろん、
そんなはずはない。
ノアはただのゲゼールだ。
なのに。
「……何を見てるんだ?」
返事はない。
当然だ。
だが。
ノアの指先が、
微かに窓へ触れた。
アルトは、
その背中を見つめたまま動けなかった。
まるで、
外へ出たがってるみたいだった。
