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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第80話 後編『封鎖反応』

―あらすじ―


教導院で相次いでいた小さな認識の揺らぎは、
互いに無関係な現象ではなかった。

ミレイは膨大な解析結果を重ね合わせ、
すべての異常が一つの見えない中心へ
収束していることを確信する。

カイン班は現行システムの外側に
存在する最上位管理層の痕跡を発見し、
ガルドは創設当時の記憶へ
あと一歩まで迫りながらも、
最も重要な人物だけを思い出せず立ち尽くす。

エルヴィンはアルトへ意味深な言葉を残し、
真実へ至る扉はまだ閉ざされたままだと告げる。

そして教導院の静寂の中、
隔離格納庫のノアと
アルトの《アイゼン・ガルテン》は
距離を超えて共鳴を始める。

誰も扉を開いてはいない。

それでも、
その向こう側は確かにこちらへ応答し始めていた。

ー 第1章『黒の残響』 1部 最終話 ー 

第80話 後編『封鎖反応』


教導院の朝は、静かに続いていた。

誰もが日常を過ごしている。

授業は始まり、
訓練は予定どおり進み、
整備区画では工具の音が響く。

だが、
その静けさは昨日までのものとは違っていた。

時計の針が半拍だけ遅れる。

掲示板の文字が一瞬だけ別の配置へ変わる。

開いていた窓が、
誰にも触れられぬまま閉じている。

どれも証拠にはならない。

それでも教導院全体が、
見えない何かへ歩調を合わせ始めていた。



解析室。

無数の波形が重なり合い、
空中へ立体的な構造を描き出す。

ミレイは最後の解析結果を統合した。

ルナが静かに告げる。

「全データの収束率、
九八・七二パーセント。」

光の線は複雑に絡み合いながら、
最後には一点へ集まっていく。

その一点だけが、
観測できない。

座標は存在する。

記録も存在する。

だが認識だけが拒まれていた。

「……そういうことだったの。」

ミレイは息を呑む。

第七封鎖区画は、
異常の発生源ではない。

教導院全体で起きていた現象が、
あの場所へ向かって収束しているのだ。

施設全体が、
一つの構造物だった。

答えには届かない。

それでも、
仮説は確信へ変わり始めていた。



旧管理システム最深部。

カイン班は最後の保護領域を解析していた。

画面が暗転する。

表示されたのは、
見慣れない管理階層。

教導院管理局。

同期運用管理。

保守管理区画。

そのさらに下。

文字ではない。

識別番号だけが並んでいる。

「ここが最深部か……。」

セシルが小さく呟く。

その瞬間。

番号の列へ一つだけ新しい記録が刻まれる。

管理層 待機状態

名前はない。

担当者も存在しない。

しかし、
その階層だけは現在も稼働中だった。

「まだ……動いている。」

エルクの声は震えていた。

カインは画面を閉じない。

そこには確かに、
現在の教導院では
説明できない管理者の存在が残されていた。



整備格納庫。

ガルドは修復を終えたドライグを見上げていた。

金属へ映る自分の姿が揺れる。

そして景色が変わる。

創設間もない教導院。

まだ真新しい白い壁。

巨大な隔壁を見上げる若い研究員たち。

その中に、
自分がいる。

隣には誰かが立っていた。

笑っていた。

何かを語り合っていた。

あと一歩。

あと一歩で思い出せる。

その瞬間。

記憶だけが白く塗り潰された。

「……誰だった。」

残ったのは、
自分の問いだけだった。



管理局。

フィオナは報告書を机いっぱいへ広げる。

解析室から届いた資料。

訓練区画。

研究棟。

整備区画。

生活棟。

すべて違う部署。

すべて違う現象。

だが地図へ重ねると、
一枚の模様が浮かび上がる。

「一つ……。」

事件ではない。

事故でもない。

教導院全体で起きている、
たった一つの現象だった。



観測室。

シエラは静かに画面を見つめる。

エドガーが新しい波形を重ねた。

侵食。

同期。

未知反応。

三本の線は決して交わらない。

だが、
その中心だけが完全に一致していた。

「分類はできない。」

シエラは首を振る。

「でも、
全部同じ場所へ向かってる。」

エドガーも黙って頷いた。



夕刻。

ダグ班は訓練を終え、
中庭を歩いていた。

風景はいつもと同じ。

それでも、
不思議と安心できない。

「あの時計……。」

誰かが呟く。

時計台の針は正常だった。

だが全員が、
一瞬だけ違う時刻を見ていた。

誰も証明できない。

だから誰も口にしない。

違和感だけが、
教導院の日常へ静かに溶け込んでいく。



校舎裏。

アルトはエルヴィンとすれ違う。

老人は足を止めることなく、
小さく言った。

「封じているのは、
場所ではない。」

アルトは息を止める。

エルヴィンは続ける。

「守っているのは、
秘密ですらない。」

それだけだった。

理由も説明もない。

振り返ることもなく、
老人は夕暮れの校舎へ消えていく。

残された言葉だけが、
胸の奥へ沈んでいった。



同じ時刻。

地下隔離格納庫。

静止していたノアの黒殻が、
ゆっくりと白い筋を浮かべる。

一本。

二本。

三本。

今までで最も強い反応。

それでも暴走は起こらない。

警報も鳴らない。

ただ静かに、
規則正しく脈打ち始める。

その鼓動は、
格納庫の壁を越え、

教導院の深部を越え、

遥か離れた校舎へ届く。



アルトは胸を押さえた。

《アイゼン・ガルテン》が応えている。

一拍。

もう一拍。

鼓動はノアと重なる。

距離など存在しないかのように。

視界が白く揺れた。

声が聞こえた気がした。

誰かが呼んでいる。

言葉は分からない。

姿も見えない。

それでも、
その呼びかけだけは確かだった。

アルトは無意識に前へ一歩踏み出す。

その瞬間。

教導院のどこにも存在しないはずの場所で、

誰にも開かれることのなかった封鎖は、

音もなく、
ほんのわずかに揺らいだ。

そして――

見えない何かが、
初めてアルトという存在を、
静かに認識した。

ー 第1章『黒の残響』 1部 完結 ー


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