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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第65話『残留共鳴』

―あらすじ―


未登録同期。

それは一度きりの異常では終わらなかった。

第七封鎖区画推定位置を中心に発生する
謎の同期反応。

記録には残らない。

だが確かに存在する。

ミレイは解析の末、

「誰かが同期している」のではなく、

「誰かが同期していた痕跡だけが残っている」

という仮説へ辿り着く。

アルトは旧施設資料の中に、
用途だけが消された部屋番号を発見。

カイン班もまた、
同じ区域周辺で複数の記録欠損を見つける。

そして夜。

教導院で初めて、
異常は明確な事案として観測される。

存在しないはずの生徒を見た――

その証言と共に。

第65話『残留共鳴』


初冬の気配が近づいていた。

朝の教導院には冷たい空気が流れ始めている。

制服の上に上着を羽織る生徒も増えていた。

校舎へ向かう通路では、

「今さっき誰かと話してた気がするんだけど」

「誰と?」

「それが思い出せないんだよな」

そんな会話が聞こえる。

冗談のように笑い飛ばされる。

だが似たようなやり取りは最近増えていた。

誰も深刻には受け止めていない。

それでも違和感だけは残る。



昼休み。

食堂はいつもの賑わいだった。

リオはトレーを持ちながら空席を探していた。

「アルトー!」

手を振る。

窓際の席に座るアルトが顔を上げた。

その隣にはミレイもいる。

「珍しく早いな」

「今日は訓練前に腹ごしらえだよ」

リオは笑いながら席へ座った。

「最近ずっと資料室だろ?」

「まあな」

「倒れるなよ」

「そこまでじゃない」

ミレイが静かに言う。

「客観的にはそこまでに見える」

アルトは苦笑した。

束の間の時間だった。

異常も調査もない。

ただの学園生活。

その空気が少しだけ心地良かった。



午後。

合同同期訓練。

演習場には各班が集まっていた。

アルト班。

カイン班。

ダグ班。

フィオナ班。

シエラ班。

フェルと同期したリオ。

ルナと同期したミレイ。

二人は安定した演算連携を見せていた。

その様子をアルトは観測席から見つめる。

以前なら。

自分もそこにいた。

だが今は違う。

ノアは隔離管理中。

アルトだけが同期できない。

観測データを眺めながら、

胸の奥に小さな空白が残る。

訓練は続く。

カインとヴォルグ。

エルクとシュバルツ。

セシルとエイル。

三組は高精度の連携訓練を実施していた。

ダグ班は前衛共鳴訓練。

フィオナ班は指揮同期制御。

シエラ班は情報同期解析。

教導院全体が動いている。

そんな光景だった。

その時。

観測画面の一部が微かに乱れた。

アルトが眉をひそめる。

一瞬。

本当に一瞬だけ。

未登録同期反応。

表示。

消失。

記録なし。

「……またか」

呟く。

同時刻。

複数班でも似た現象が発生していた。

誰かと繋がった気がした。

だが誰だったのか分からない。

そんな感覚だけが残る。



訓練終了後。

ミレイは即座に解析室へ向かった。

ルナとの同期ログ。

監視データ。

異常報告。

全てを統合する。

画面上に並ぶ発生地点。

中心はやはり同じだった。

第七封鎖区画推定位置。

「やっぱり……」

ミレイは呟く。

誰かが今そこで同期している。

違う。

そうではない。

波形は古い。

残響に近い。

「これは痕跡……」

誰かが同期していた。

その記録だけが残っている。

そんな形だった。



カイン班も資料調査を続けていた。

旧施設図面。

管理データ。

欠番記録。

調べれば調べるほど異常が増える。

「ここも消えてる」

エルクが言う。

「またか」

カインが眉をひそめた。

セシルも頷く。

第七封鎖区画周辺。

そこだけ異様に欠損が多い。

記録が抜けている。

削除されたというより。

存在を忘れさせようとしているようだった。



フィオナは違和感報告を整理していた。

端末には大量の報告書。

「知らない人を見た気がする」

「話した気がする」

「思い出せない」

件数は増加している。

確実に。

以前なら偶然で片付けた。

今は違う。

何かが起きている。

その確信があった。



シエラとエドガーは解析を続ける。

未登録同期反応。

発生時刻。

発生間隔。

位置情報。

並べる。

比較する。

そして気付く。

「規則性がある」

エドガーが言った。

シエラも頷く。

完全なランダムではない。

何かの周期が存在する。

誰かが意図しているかのように。



ダグ班は訓練後の片付けをしていた。

ロッカー室。

班員の一人が首を傾げる。

「開いてるぞ」

誰も使っていないロッカーだった。

勝手に扉が開いている。

故障。

そう片付けるには妙だった。

中には何もない。

だが。

誰かが今までそこにいたような感覚だけが残る。

ダグは無言で扉を閉めた。

理由の分からない胸騒ぎが続いていた。



放課後。

アルトは資料室へ向かった。

再び旧施設図面を広げる。

第七封鎖区画周辺。

何度も確認してきた場所。

そこで見つけた。

部屋番号。

確かに存在する。

だが用途だけが消えている。

他の部屋は記載されている。

保管室。

制御室。

管理室。

その部屋だけ空白。

不自然だった。

「……なんでここだけ」

ページをめくる。

別資料。

同じ番号。

用途欄だけ欠損。

また別資料。

やはり空白。

偶然ではない。

意図的だ。

アルトは確信した。



修復区画。

ガルドはドライグを見上げていた。

大型修復設備の中で、

ドライグは少しずつ本来の姿を取り戻している。

修復率は向上していた。

だが問題もある。

「内部ログの欠損が増えているんです」

技術員が言う。

「増えている?」

「説明がつかなくて……」

ガルドは黙る。

ドライグ内部。

そこにも空白がある。

記録がない。

思い出せない。

その感覚は自分自身にも似ていた。



隔離格納庫。

監視システムは静かに稼働していた。

ノアは姿を見せない。

誰も視認しない。

だが同期観測データだけが残る。

未登録同期反応が発生した時刻。

その瞬間だけ。

波形が僅かに変動していた。

誰も気付かない。

だが確かに変化していた。



夜。

寮区域。

小さな騒ぎが起きた。

数名の生徒が教員へ報告する。

「知らない生徒を見ました」

「どこで?」

「廊下です」

証言は複数。

しかし該当人物が存在しない。

監視映像にも映っていない。

記録にもない。

教員達がざわつく。

初めてだった。

異常が明確な事案として扱われたのは。



その夜。

アルトは資料を閉じた。

ミレイは解析結果を見つめる。

カインは欠損記録を整理する。

ガルドは失われた記憶を追う。

全員が別々の場所にいる。

互いを知らない。

だが同じ結論へ近付いていた。

第七封鎖区画。

そこに何かがある。



深夜。

教導院地下。

閉鎖された古い隔壁。

照明は落ちている。

誰もいない。

静寂だけが支配していた。

その向こう側から。

コツ――

微かな音が響く。

足音にも聞こえる。

金属音にも聞こえる。

一度だけ。

短く。

そして再び静寂が戻った。

誰も聞いていない。

誰も知らない。

だが。

確かにそこに、

何かは存在していた。

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