『ドールズ・ハイ』 第1章『黒の残響』第65話『残留共鳴』
―あらすじ―
未登録同期。
それは一度きりの異常では終わらなかった。
第七封鎖区画推定位置を中心に発生する
謎の同期反応。
記録には残らない。
だが確かに存在する。
ミレイは解析の末、
「誰かが同期している」のではなく、
「誰かが同期していた痕跡だけが残っている」
という仮説へ辿り着く。
アルトは旧施設資料の中に、
用途だけが消された部屋番号を発見。
カイン班もまた、
同じ区域周辺で複数の記録欠損を見つける。
そして夜。
教導院で初めて、
異常は明確な事案として観測される。
存在しないはずの生徒を見た――
その証言と共に。

第65話『残留共鳴』
初冬の気配が近づいていた。
朝の教導院には冷たい空気が流れ始めている。
制服の上に上着を羽織る生徒も増えていた。
校舎へ向かう通路では、
「今さっき誰かと話してた気がするんだけど」
「誰と?」
「それが思い出せないんだよな」
そんな会話が聞こえる。
冗談のように笑い飛ばされる。
だが似たようなやり取りは最近増えていた。
誰も深刻には受け止めていない。
それでも違和感だけは残る。
◇
昼休み。
食堂はいつもの賑わいだった。
リオはトレーを持ちながら空席を探していた。
「アルトー!」
手を振る。
窓際の席に座るアルトが顔を上げた。
その隣にはミレイもいる。
「珍しく早いな」
「今日は訓練前に腹ごしらえだよ」
リオは笑いながら席へ座った。
「最近ずっと資料室だろ?」
「まあな」
「倒れるなよ」
「そこまでじゃない」
ミレイが静かに言う。
「客観的にはそこまでに見える」
アルトは苦笑した。
束の間の時間だった。
異常も調査もない。
ただの学園生活。
その空気が少しだけ心地良かった。
◇
午後。
合同同期訓練。
演習場には各班が集まっていた。
アルト班。
カイン班。
ダグ班。
フィオナ班。
シエラ班。
フェルと同期したリオ。
ルナと同期したミレイ。
二人は安定した演算連携を見せていた。
その様子をアルトは観測席から見つめる。
以前なら。
自分もそこにいた。
だが今は違う。
ノアは隔離管理中。
アルトだけが同期できない。
観測データを眺めながら、
胸の奥に小さな空白が残る。
訓練は続く。
カインとヴォルグ。
エルクとシュバルツ。
セシルとエイル。
三組は高精度の連携訓練を実施していた。
ダグ班は前衛共鳴訓練。
フィオナ班は指揮同期制御。
シエラ班は情報同期解析。
教導院全体が動いている。
そんな光景だった。
その時。
観測画面の一部が微かに乱れた。
アルトが眉をひそめる。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
未登録同期反応。
表示。
消失。
記録なし。
「……またか」
呟く。
同時刻。
複数班でも似た現象が発生していた。
誰かと繋がった気がした。
だが誰だったのか分からない。
そんな感覚だけが残る。
◇
訓練終了後。
ミレイは即座に解析室へ向かった。
ルナとの同期ログ。
監視データ。
異常報告。
全てを統合する。
画面上に並ぶ発生地点。
中心はやはり同じだった。
第七封鎖区画推定位置。
「やっぱり……」
ミレイは呟く。
誰かが今そこで同期している。
違う。
そうではない。
波形は古い。
残響に近い。
「これは痕跡……」
誰かが同期していた。
その記録だけが残っている。
そんな形だった。
◇
カイン班も資料調査を続けていた。
旧施設図面。
管理データ。
欠番記録。
調べれば調べるほど異常が増える。
「ここも消えてる」
エルクが言う。
「またか」
カインが眉をひそめた。
セシルも頷く。
第七封鎖区画周辺。
そこだけ異様に欠損が多い。
記録が抜けている。
削除されたというより。
存在を忘れさせようとしているようだった。
◇
フィオナは違和感報告を整理していた。
端末には大量の報告書。
「知らない人を見た気がする」
「話した気がする」
「思い出せない」
件数は増加している。
確実に。
以前なら偶然で片付けた。
今は違う。
何かが起きている。
その確信があった。
◇
シエラとエドガーは解析を続ける。
未登録同期反応。
発生時刻。
発生間隔。
位置情報。
並べる。
比較する。
そして気付く。
「規則性がある」
エドガーが言った。
シエラも頷く。
完全なランダムではない。
何かの周期が存在する。
誰かが意図しているかのように。
◇
ダグ班は訓練後の片付けをしていた。
ロッカー室。
班員の一人が首を傾げる。
「開いてるぞ」
誰も使っていないロッカーだった。
勝手に扉が開いている。
故障。
そう片付けるには妙だった。
中には何もない。
だが。
誰かが今までそこにいたような感覚だけが残る。
ダグは無言で扉を閉めた。
理由の分からない胸騒ぎが続いていた。
◇
放課後。
アルトは資料室へ向かった。
再び旧施設図面を広げる。
第七封鎖区画周辺。
何度も確認してきた場所。
そこで見つけた。
部屋番号。
確かに存在する。
だが用途だけが消えている。
他の部屋は記載されている。
保管室。
制御室。
管理室。
その部屋だけ空白。
不自然だった。
「……なんでここだけ」
ページをめくる。
別資料。
同じ番号。
用途欄だけ欠損。
また別資料。
やはり空白。
偶然ではない。
意図的だ。
アルトは確信した。
◇
修復区画。
ガルドはドライグを見上げていた。
大型修復設備の中で、
ドライグは少しずつ本来の姿を取り戻している。
修復率は向上していた。
だが問題もある。
「内部ログの欠損が増えているんです」
技術員が言う。
「増えている?」
「説明がつかなくて……」
ガルドは黙る。
ドライグ内部。
そこにも空白がある。
記録がない。
思い出せない。
その感覚は自分自身にも似ていた。
◇
隔離格納庫。
監視システムは静かに稼働していた。
ノアは姿を見せない。
誰も視認しない。
だが同期観測データだけが残る。
未登録同期反応が発生した時刻。
その瞬間だけ。
波形が僅かに変動していた。
誰も気付かない。
だが確かに変化していた。
◇
夜。
寮区域。
小さな騒ぎが起きた。
数名の生徒が教員へ報告する。
「知らない生徒を見ました」
「どこで?」
「廊下です」
証言は複数。
しかし該当人物が存在しない。
監視映像にも映っていない。
記録にもない。
教員達がざわつく。
初めてだった。
異常が明確な事案として扱われたのは。
◇
その夜。
アルトは資料を閉じた。
ミレイは解析結果を見つめる。
カインは欠損記録を整理する。
ガルドは失われた記憶を追う。
全員が別々の場所にいる。
互いを知らない。
だが同じ結論へ近付いていた。
第七封鎖区画。
そこに何かがある。
◇
深夜。
教導院地下。
閉鎖された古い隔壁。
照明は落ちている。
誰もいない。
静寂だけが支配していた。
その向こう側から。
コツ――
微かな音が響く。
足音にも聞こえる。
金属音にも聞こえる。
一度だけ。
短く。
そして再び静寂が戻った。
誰も聞いていない。
誰も知らない。
だが。
確かにそこに、
何かは存在していた。
