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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第66話『目撃者』

―あらすじ―


寮区域での目撃証言が複数確認される。

しかし監視記録・名簿・同期ログには該当する個体は存在しない。

それにも関わらず証言内容は一致していた。

・教導院の生徒のような外見
・名前だけが思い出せない
・会話内容の一部が抜け落ちる

異常は「怪異」ではなく、
「情報の整合性の揺らぎ」として広がり始める。

同時に未登録同期反応は増加し、
その波形は戦術同期領域へと接近する。

ミレイは目撃地点と同期異常の重なりを確認し、カイン班は欠落記録内に共通波形を発見する。

アルトは第七封鎖区画へ繋がる消失地下通路の存在を特定する。

そしてこの現象は、
異常ではなく「教導院全体の同期環境変化」として再定義され始めていた。

第66話『目撃者』


朝の教導院は、
いつもと同じ速度で動いていた。

寮から出てくる生徒たち、
点呼の声、
朝食の匂い。

変化はほとんどないように見える。

ただ一点だけ違うのは、
会話の端々に残る“引っかかり”だった。

「昨日さ、
廊下でさ……」

「誰かいたよな」

「いた気がする。
でも名前が……」

そこで言葉が途切れる。

思い出そうとすると、
そこだけ滑り落ちるように空白になる。

それでも誰も立ち止まらない。

異常というより、
まだ整理されていない現象に近かった。



午前授業。

戦術理論講義。

教室では教師が淡々と黒板に式を並べている。

「同期効率は、
個体差ではなく環境依存性を持つ」

黒板の文字は明確だが、
説明の一部がなぜか記憶に残らない。

聞いているのに、
抜ける。

理解しているのに、
途中だけが消える。

アルトはその違和感を記録していた。

ペンを走らせながら、
数秒遅れて思考が追いつく。

(まただ)

意識の端で何かが揺れている。

だが正体には届かない。



昼休み。

中庭では生徒たちが集まっていた。

リオはベンチでパンをかじりながら、
空を見上げる。

「最近さ」

ぽつりと呟く。

「誰かと話してた気がするんだよな」

隣に座るミレイが視線だけを向ける。

「誰と」

「それが出てこない」

リオは笑った。

軽い笑いだった。

だがその奥に、
確かに“抜け落ち”がある。

「フェルとの同期は問題ない」

ミレイは端末を見ながら言う。

「むしろ安定率は上がってる」

「それはそれで気味悪いな」

リオは肩をすくめた。

アルトは少し遅れて合流する。

「午後から合同同期訓練だ」

「了解」

会話は短い。

だがその短さの中に、
以前より少しだけ距離の揺れがあった。



訓練場。

複数班がすでに配置についている。

アルト班。

カイン班。

ダグ班。

フィオナ班。

シエラ班。

ゲゼールとの同期リンクが順次確立されていく。

フェル、
ルナ、
ヴォルグ、
シュバルツ、
エイル。

同期波形が安定する。

通常通りのはずだった。

最初の数分は。

だが異常は「破綻」ではなく「整合」として現れた。

指示前に動作が揃う。

視線の移動が一致する。

反応速度が、
わずかに早い。

「……今、
指示あったか?」

ダグ班の誰かが言った。

しかし通信には何も残っていない。

指示は出ていない。

だが全員の動作は同じだった。

フィオナは指揮端末を確認する。

「同期効率が上がってる……?」

表示上は正常。

むしろ数値は改善している。

異常ではない。

そう判断できてしまう。

それが一番厄介だった。



アルトは観測席で波形を見ていた。

ノアとの同期は依然として封鎖されている。

そのはずだ。

しかし。

一瞬だけ。

補助演算のような反応が挟まる。

自分の判断ではない。

だが自分の思考に“自然に混ざる”。

(違う)

すぐに否定する。

しかし否定した瞬間、
その痕跡は消える。

まるで最初から存在しなかったように。

「……今のは」

言葉にならない。

同期システムそのものが、
境界を広げているような感覚だけが残る。



ミレイは解析室でログを並べていた。

寮区域の目撃地点。

訓練場の同期異常。

そして未登録同期波形。

それらを重ねる。

重なった瞬間、
線が一本になる。

「一致してる……」

ミレイは目を細める。

目撃地点と同期異常は別物ではない。

同じ領域で発生している。

「同期領域が広がってる」

それは侵食ではない。

拡張に近い。

システムの再定義。

そんな言葉が浮かぶ。



カイン班は訓練後のデータ整理をしていた。

ヴォルグ、
シュバルツ、
エイル。

三者の連携ログを確認する。

「今の動き……」

カインが呟く。

「揃いすぎてたな」

「意識してない」

エルクが即答する。

セシルも頷く。

「指示より先に動いてた気がする」

だがその“気がする”に確信はない。

記録は正しい。

異常はない。

だからこそ、
説明できない。



ダグ班の休憩室。

誰かがロッカーを見て首を傾げた。

「今、
開いてなかったか?」

誰も触れていない。

しかし扉は半開きだった。

中には何もない。

ただ一瞬だけ、
そこに誰かがいたような気配が残る。

ダグは扉を閉める。

「気のせいだろ」

そう言った。

だが誰も笑わない。



フィオナは指揮ログを見返していた。

「同一動作率が異常に高い」

それは本来なら理想値だ。

しかし理想に近すぎる。

人間とゲゼールの同期は揺らぎを含む。

それがない。

「自然じゃない」

フィオナは小さく呟く。

だがその言葉もすぐに曖昧になる。



シエラとエドガーは解析を続ける。

未登録同期波形。

それは既存同期構造に“重なる”。

上書きではない。

干渉でもない。

「共存してる……?」

エドガーが言う。

シエラは首を振る。

「共存というより……元からそこにある形に近い」

最初からあった。

ただ観測されていなかっただけ。

そんな仮説が浮かぶ。



ガルドは修復区画にいた。

ドライグの内部ログが開かれる。

技術員が報告する。

「この層……同期履歴に空白があります」

「空白?」

「記録がないというより……認識できない」

ガルドは画面を見る。

そこには確かに構造がある。

だが意味だけが掴めない。

(これは……知っているはずだ)

そう感じる。

だが思い出せない。



ノア。

隔離格納庫。

監視データは静かに流れている。

未登録同期反応。

それは一瞬だけ通常とは異なる揺らぎを見せる。

アルトの観測ログと微かに同期するように。

誰も気付かない。

ただシステムだけが、
それを“変化”として記録していた。



夕方。

教導院の各所で同じ結論が生まれ始めていた。

これは異常ではない。

事故でもない。

単なるエラーでもない。

「同期環境そのものが変わっている」

ミレイ、
カイン、
ガルド。

それぞれ別の場所で、
同じ方向に辿り着く。

第七封鎖区画。

そこに何かがある。



夜。

教導院地下付近。

誰も通らない廊下。

一瞬だけ空間が揺れる。

複数の同期波形が重なる。

しかしそこには誰もいない。

存在しているのは人ではなく。

残響のような同期だけだった。

それは異常ではなく。

新しい“状態”として静かに定着し始めていた。

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