『ドールズ・ハイ』 第2章『境界の継承』第16話『解析不能』
―あらすじ―
教導院近郊での実地調査任務を終えた
アルト班は、
他班に異常が見つからない中、
正体不明の白い結晶片だけを持ち帰った。
解析の結果、
それは結晶核(クリスタル・コア)でも
ポット由来の物質でもなく、
教導院が保有するいかなる資料とも一致しない
未知の物質であることが判明する。
しかし危険性も証明できず、
正式な異常認定は見送られた。
一方、
生徒たちは通常の授業へ戻り、
アルト班も穏やかな日常を取り戻していく。
だが、
アルトとノアの共鳴はさらに自然さを増し、
黒い装甲に刻まれた白い亀裂も、
誰にも知られぬまま静かに広がり続けていた。

第16話『解析不能』
解析室には、
低く唸る測定装置の駆動音だけが響いていた。
透明な解析台の中央には、
アルト班が持ち帰った白い結晶片が
静かに固定されている。
レイスは無言で測定結果を見つめ、
隣ではフィオナが次々とデータを照合していた。
「材質照合……一致なし」
「結晶核データベース……該当なし」
「ポット由来物質との共鳴率……ゼロです」
フィオナの報告に、
整備主任バルクは腕を組んだまま首を傾げる。
「人工素材でもない。
天然鉱石にも見えねぇ。
こんなの、
整備を始めてから一度も見たことがないぞ」
レイスは結晶片へ微弱な同期波を照射する。
通常なら何らかの反応が返るはずだった。
だが白い結晶片は、
まるで観測そのものを拒むように
静まり返っていた。
「波形も記録できません」
「いや……違う」
レイスは画面を指差した。
「波形が存在しないんじゃない。
測定器が捉えられていないだけだ」
部屋の空気が静かに張り詰める。
◇
しばらくして、
ガルドも解析室へ姿を見せた。
レイスは結果を簡潔に伝える。
「既知データとの一致はありません。
材質、
同期反応、
構造……すべて不明です」
ガルドは容器越しに白い結晶片を見つめる。
小さな欠片は、
ただ静かに光を受けているだけだった。
「危険性は」
「現時点では確認できません」
「正体は」
「不明です」
短い沈黙。
やがてガルドは静かに口を開いた。
「保留記録として保存しろ」
フィオナが顔を上げる。
「異常認定は……」
「まだしない」
ガルドは首を横に振った。
「分からないものを異常と決めつけることも、
正常と決めつけることもできん」
レイスも小さく頷く。
「再調査は必要ですね」
「ああ」
ガルドは視線を落としたまま答えた。
「同じ場所を、
もう一度見に行く」
◇
教導院では、
いつも通りの授業が始まっていた。
戦術理論の講義では、
同期距離と共鳴維持について教官が説明している。
アルト班の三人も並んで席に座っていた。
以前なら任務後はぎこちなさが残っていた。
しかし今は違う。
ミレイは自然にノートをアルトへ見せ、
リオも分からない箇所を素直に質問してくる。
班としての距離は、
確実に縮まっていた。
それでもミレイは、
ふと窓の外を眺める。
胸元の《ルミナ・ティア》へ触れる指先が、
一瞬だけ止まった。
「……やっぱり、
何か引っ掛かる」
誰にも聞こえないほど小さな独り言だった。
◇
昼休み。
訓練場へ向かう途中、
カインがアルトへ歩み寄る。
「この前の任務」
「うん」
「悪くなかった」
率直な一言だった。
アルトは少し照れたように笑う。
「ありがとう」
「だが、
次はもっと厳しい」
カインは真っ直ぐアルトを見る。
「調査任務は終わる。次は判断力も問われる」
アルトは静かに頷いた。
「その時までに、もっと強くなるよ」
その返事に、カインは僅かだけ口元を緩めた。
「期待しているからな」
それだけ言い残し、歩き去っていく。
◇
放課後。
同期確認用区画。
アルトはノアと向かい合って立っていた。
深呼吸とともに意識を重ねる。
以前なら慎重に距離を合わせていた共鳴は、
今では驚くほど自然に繋がっていく。
アルトが一歩踏み出そうと思った瞬間。
ノアは、
まるでその考えを知っていたかのように
同じ歩幅で動いた。
さらに右へ視線を向けようとした、
その前に。
ノアはすでに同じ方向を見ている。
「……息が合ってきたな」
アルトは苦笑する。
成長したからだ。
そう信じて疑わなかった。
だが観測端末には、
ごく一瞬だけ
通常理論では説明できない
滑らかな同期曲線が描かれ、
すぐに消えていた。
誰も、
その記録へ気付かない。
◇
夜。
格納区画は静寂に包まれていた。
整備灯だけが、
整然と並ぶゲゼールを淡く照らしている。
ノアはいつもの場所で静かに待機していた。
黒い装甲。
その肩から胸部へ走る白い亀裂は、
以前より確かに一本増えていた。
細く、
静かに。
まるで内側から何かが目覚めようとしているように。
だが、
その変化を見上げる者はいない。
格納区画の灯りがゆっくりと落ちていく。
闇の中で、
白い亀裂だけが一瞬、
月明かりを受けて淡く浮かび上がった。
そして再び静寂が訪れる。
教導院はまだ知らない。
解析できない結晶片と、
少しずつ変わり続ける黒殻型特殊個体。
二つの「説明できないもの」が、
同じ未来へ向かって静かに歩み始めていることを。
