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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第17話『深度同期』

―あらすじ―

深夜の深層同期以降、アルトはノアへ無意識に惹かれ始めていた。
眠れない朝。気付けばノアを見つめてしまう視線。そして、再び同期したいという欲求。ノアと繋がった時に得られる静けさと高揚感は、少しずつアルトの内側へ浸透し始めていた。

合同訓練ではアルトの反応速度が飛躍的に向上し、カインとの模擬戦でも以前より食らいつく。しかしその成長は、教師達ですら異常と感じるほど滑らかだった。ミレイもまた、アルトの変化へ本能的な不安を抱き始める。

そして深夜。アルトは再び自ら深層同期を行う。
その奥で彼は、“何かの声”を聞いてしまう――。



第17話 『深度同期』

 朝。

 教導院宿舎の窓から、薄い光が差し込んでいた。

 アルトはベッドへ腰掛けたまま、小さく息を吐く。

「……寝た気がしない」

 目は重い。

 頭も少し熱っぽい。

 なのに不思議と不快ではなかった。

 むしろ身体の奥が妙に軽い。

 神経だけが冴えている感覚。

 昨夜の光景が、まだ脳裏へ残っていた。

 暗い場所。

 無数の白い線。

 知らない景色。

「……昨日の、
 なんだったんだ」

 視線が自然と窓際へ向く。

 ノアが立っていた。

 朝光を受ける黒殻。

 白い亀裂。

 静止。

 いつもと何も変わらない。

 なのに。

 アルトは無意識にノアを見続けてしまう。

 気付けば視線を向けている。

 繋がっていた時の感覚が、頭から離れない。

 安心感。

 静けさ。

 理解共有。

 まるで一人じゃなくなるみたいな感覚。

「……変だよな」

 そう呟きながらも。

 アルトはどこかで、
 また同期したいと思っていた。

     ◆

 合同訓練場。

 朝から複数班が集められていた。

 前回の実地演習を経て、生徒達の空気が少し変わっている。

 ダグ班は以前より声が大きい。

「次また外行けるなら、
 今度は中型二体いけるだろ!」

「お前昨日まで足震えてただろ!」

 レオン班は結果比較。

「うちの精製純度、
 今回かなり高かったぞ」

「出力効率も上がってる」

 シエラ班は既に記録整理中。

「前回演習での行動傾向を再分析する」

「同期波形の変化も確認したい」

 全員が、
 少しだけ“実戦帰り”の顔になっていた。

 教官側も同じだった。

 以前より指示が鋭い。

 甘さが減っている。

「実戦を経験したなら、
 訓練精度も上げる」

 ガルドの声が訓練場へ響く。

「外は待ってくれない」

 訓練開始。

 アルトはノアと同期接続する。

 その瞬間。

 感覚が滑らかに噛み合った。

 速い。

 以前より明らかに。

 視線移動。

 重心把握。

 反応。

 全部が自然につながる。

 訓練用打撃が飛ぶ。

 アルトは半歩で回避。

 即反応。

 反撃。

 以前なら迷っていた距離だった。

「……速いな」

 ガルドが小さく呟く。

 アルト自身は首を傾げた。

 速い?

 いや。

 普通だ。

 今なら、
 これくらい当然に感じる。

 むしろ前までの自分が鈍かった気すらする。

 その感覚自体が、
 少し危うかった。

     ◆

 模擬戦。

 アルト対カイン。

 周囲生徒達が距離を取る。

「またアルトか」

「でも前より動けてるらしいぞ」

 ざわめき。

 開始。

 直後。

 ヴォルグが踏み込んだ。

 速い。

 重い。

 完成度が違う。

 アルトは即座に押し込まれる。

 連撃。

 防御。

 回避。

 息をつく暇もない。

 やはり強い。

 現時点では圧倒的にカインが上だった。

 だが。

「……前より、
 同期が深いな」

 打ち合いの最中、カインが言う。

「そうか?」

 アルト自身は分かっていない。

 カインは目を細めた。

 以前なら崩れていた場面で、
 アルトが反応してくる。

 昨日まで出来なかった動き。

 説明しづらい違和感。

 終盤。

 ヴォルグが右から加速。

 死角気味の踏み込み。

 普通なら間に合わない。

 その瞬間。

 アルトの視界が揺れた。

 一瞬だけ。

 カインの軌道が、
 “先に見えた”。

「っ――!」

 身体が勝手に動く。

 回避。

 ギリギリで一撃を避ける。

 周囲がざわついた。

 カインも動きを止める。

「……今の、
 見えてたのか?」

「いや……
 俺も分からない」

 アルト自身が一番驚いていた。

 偶然。

 でも違う。

 何かが先に流れ込んできた感覚。

 それが妙に気味悪くて。

 同時に――心地良かった。

     ◆

 訓練後。

 休憩通路。

 アルトは自販端末の水を飲んでいた。

 そこへミレイが来る。

「……最近、
 ぼーっとしてる時あるよ」

「え?」

「呼んでも、
 反応遅い時あるし」

 アルトは少し笑った。

「そんなつもりないけど」

「うん」

 ミレイは小さく頷く。

 その後、
 少しだけ視線を落とした。

「でも……
 少し怖い」

 アルトは言葉を失う。

 責めているわけじゃない。

 怒ってもいない。

 ただ、
 本能的に違和感を感じている顔だった。

「……大丈夫だよ」

 反射的にそう答える。

 だが。

 本当に?

 その疑問が、
 一瞬だけ胸をよぎった。

     ◆

 教導院管理区画。

 同期記録室。

 ガルド。

 副監察官レイス。

 技術主任バルク。

 三人が同期波形を確認していた。

「通常成長曲線を外れています」

 レイスが淡々と言う。

「黒殻型との適合率が高すぎる」

 バルクが端末を拡大する。

「しかし不安定化は見られません」

「……今は、ですね」

 レイスが返す。

 ガルドは黙って記録を見ていた。

 アルトの波形は異常に滑らかだった。

 普通なら乱れる領域。

 そこへ自然に潜っている。

 それが逆に不気味だった。

「本人は安定している」

 ガルドが言う。

 だが表情は硬い。

 危険。

 とまでは断定しない。

 しかし。

 “正常”とも言い切れなかった。

     ◆

 深夜。

 訓練棟。

 アルトはまた来ていた。

 誰に言われたわけでもない。

 自分からだ。

 ノアが静かに立っている。

 黒い外殻。

 白い亀裂。

 無機質な静止。

 なのに。

 その存在を見るだけで、
 少し落ち着く。

「……少しだけ」

 アルトは自分へ言い訳するように呟く。

 同期開始。

 感覚接続。

 静寂。

 安心感。

 身体の輪郭が薄くなる。

 頭が冴える。

 雑音が消える。

 気持ちいい。

 深度が沈む。

 前回より深い。

 もっと下へ。

 もっと奥へ。

 その時だった。

『――――』

 ノイズ。

 声。

 断片。

 聞き取れない。

 男か女かも分からない。

 だが確かに、

 “何か”がいた。

 アルトの鼓動が強くなる。

 怖い。

 ……なのに。

 もっと聞きたい。

 そう思ってしまった。

 同期解除。

「はぁ……っ」

 荒い呼吸。

 汗が首を伝う。

 アルトは自分の手を見る。

「……なんで、
 知りたいって思ったんだ」

 答えはない。

 ノアは、
 いつも通り静止している。

 無機質に。

 ただそこにいる。

 暗闇の中。

 白い亀裂だけが、
 微かに脈動していた。

 だがアルトは、
 その変化に気付かなかった。

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