見出し画像

『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第13話『境界演習』

ーあらすじー

初クエスト以降、《黒殻型》ノアを巡る空気は教導院内部で静かに変質し始めていた。

《フォルテの弟》だったアルトへの視線は、次第に《黒殻型所有者》へ変わっていく。

同期のたび流れ込む異質な感覚。

白い亀裂の脈動。

境界が曖昧になる違和感を抱えたまま、アルトたちは実戦形式の《模擬迷宮戦演習》へ参加することになる。

班制度導入によって露わになる生徒たちの実力差。

そして、完成された同期を誇るカイン班と、未完成のまま揺らぐアルト班の対比。

演習が進むにつれ、ノアは迷宮内部の“何か”へ微細な反応を示し始めていた。



第13話『境界演習』

 教導院・第一実技講堂。

 朝から空気が重かった。

 壁面モニターへ投影された文字が、生徒達のざわめきを引き起こしている。

『模擬迷宮戦演習』

 教導院恒例の実戦訓練。

 だが今回からは違う。

 班制度。

 固定編成。

 同期連携評価。

 単独性能ではなく、“集団運用”を見る演習へ変わっていた。

 軍属教育としては当然の変更だ。

 だからこそ、生徒達の空気も張り詰めている。

 教導員達の視線も以前より厳しかった。

 監視用ドローンが静かに天井を巡回している。

 記録。

 分析。

 同期波形管理。

 教導院は、生徒を育成している。

 同時に、“監視”していた。

「……なんか、今回やけに本格的じゃない?」

 リオが小声で呟く。

 その声は緊張している。

 だが以前ほど逃げ腰ではなかった。

「実戦前提だから」

 ミレイが短く返した。

 視線は既に演習資料へ向いている。

「班単位で同期傾向も見られる」

「同期傾向って?」

「誰が誰に引っ張られるか、とか」

 淡々とした説明。

 だがその最後だけ、ミレイは僅かにアルトを見た。

 アルトは気づかない振りをする。

 胸の奥に、微かな圧迫感が残っていた。

 ノアは整備区画で待機している。

 それでも。

 白い亀裂の脈動だけが、感覚へ薄く残留している。

 同期後特有の残響。

 最近は、それが長い。

「アルト」

 不意にミレイが呼ぶ。

「……何?」

「最近、呼んだあと少し遅れる」

 アルトの肩が僅かに止まる。

「考え事してるみたいに見えるけど、違う」

 ミレイはそこで言葉を切った。

 追及はしない。

 ただ観察している。

 だから誤魔化しづらい。

「戻ってくる感じがする」

 静かな言葉だった。

 アルトは返答出来ない。

 自覚がある。

 同期後、一瞬だけ感覚の焦点が外れる。

 自分の輪郭が曖昧になる瞬間がある。

 それを、ミレイは見ていた。

 前方。

 ガルド教官が講堂へ入ってくる。

 義手の駆動音が低く響いた。

 ざわめきが止まる。

「これより模擬迷宮戦演習を開始する」

 壁面モニターへ立体迷宮図が展開される。

 複数階層。

 制限区域。

 模擬敵配置。

「目的は制圧じゃない。生存と回収だ」

 ガルドの声は低い。

「突出するな。同期へ依存しすぎるな。境界を見失うな」

 最後の言葉だけ。

 妙に重かった。

 一瞬。

 ガルドの視線がアルトへ止まる。

 まるで確認するように。

 アルトは無意識に拳を握った。

     ◆

 班編成は既に決定している。

■アルト班
・アルト
・ミレイ
・リオ

■カイン班
・カイン
・エルク
・セシル

 戦力差は明白だった。

 カイン班は高水準で安定している。

 対してアルト班は、未完成だ。

「うわぁ……完全にハズレ班だと思われてる……」

 リオが周囲の視線に肩を縮める。

「実際、同期率平均は低い」

 エルクが端末を見ながら淡々と言った。

 カイン班側待機列。

 冷静な分析口調。

 悪意はない。

 ただ事実を述べているだけだ。

「でも迷宮戦は数値だけじゃ決まらない」

 隣のセシルが静かに補足する。

 柔らかい声音。

 空気を荒らさない話し方だった。

「支援連携次第で変わるから」

 リオが少しだけ姿勢を戻す。

 その様子を見ながら、カインは無言でノアを見る。

 漆黒装甲。

 白い亀裂。

 脈動。

 以前より、確実に広がっていた。

 細い。

 だが生体の血管みたいに内部で脈打っている。

 見ているだけで落ち着かない。

 教導員達でさえ、視線を長く留めない。

「……変わったな」

 カインが低く言う。

 アルトは答えない。

 変わっている。

 それだけは自分でも分かる。

 だが、その変化が何なのかは分からない。

「黒殻は適応してるんじゃない」

 カインの声は静かだった。

「境界を侵してる」

 責めているわけではない。

 むしろ逆だった。

 理解できないものを、理解しようとしている声。

 だから余計に重い。

「お前まで壊れるなよ」

 その言葉だけが残った。

     ◆

 演習開始。

 迷宮ゲートが重低音と共に開く。

 暗い通路。

 湿った金属臭。

 閉鎖空間特有の圧迫感。

 アルト班は慎重に内部へ進む。

 同期開始。

 その瞬間。

 感覚の輪郭が変わった。

 振動。

 熱源。

 空間反響。

 敵意反応。

 人間の知覚では拾えない情報が流れ込む。

 ノアの感覚。

 だが、“見える”わけじゃない。

 理解だけが直接落ちてくる。

 アルトは息を浅くする。

 同期率が僅かに上昇する。

 視界端で、白い亀裂が淡く発光した。

「前方反応!」

 リオが先に気づいた。

 以前より早い。

 フェルの索敵補助精度が上がっている。

「右通路、熱源二!」

 声は震えていた。

 それでも逃げていない。

 アルトは僅かに目を見開く。

 リオも変わり始めている。

 模擬敵機が出現。

 戦闘は短時間だった。

 ミレイが射線管理。

 リオが索敵補助。

 アルトが前衛を押さえる。

 連携自体は未熟だ。

 だが崩れてはいない。

 その最中。

 ノアだけが異常な反応速度を見せる。

 回避。

 予測。

 遮断。

 まるで。

 敵の動きを“知っている”みたいに。

 アルトの背筋を冷たいものが走った。

 その瞬間。

 ノイズ。

 崩れた視界。

 白く割れる装甲。

 知らない戦場。

 断片だけが一瞬流れ込み、消える。

「っ……!」

 アルトが頭を押さえる。

「アルト!」

 ミレイが即座に位置を寄せる。

 だが無理に肩を掴まない。

 距離だけを調整する。

「また、来た?」

 短い確認。

 アルトは小さく頷く。

 説明出来ない。

 感覚しか残らない。

 壊れる。

 崩れる。

 境界が。

     ◆

 演習終了後。

 地下格納区画。

 ノアは待機状態へ移行していた。

 白い亀裂だけが、静かに脈打っている。

 以前より深い。

 装甲表面だけじゃない。

 内部で何かが呼吸しているみたいだった。

 アルトはその前で立ち止まる。

 怖い。

 だが目を離せない。

 武器。

 兵器。

 本来なら、それだけのはずだった。

 なのに。

 同期するたび、“何か”が近づいてくる。

 白い亀裂が微かに脈動した。

 直後。

 感覚が落ちてくる。

 熱。

 圧迫感。

 拒絶。

 そして。

 離れるな、にも似た曖昧な理解。

 声じゃない。

 言葉でもない。

 なのに、意味だけが残る。

 アルトは無意識に息を止めた。

 その時。

 格納区画のさらに奥。

 停止している旧式機群の暗闇で。

 赤い単眼が、一瞬だけ灯った。


いいなと思ったら応援しよう!