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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第60話『収束点』

―あらすじ―



『第七封鎖区画』

その存在は、
少しずつ複数の人間の前へ姿を現し始めていた。

ガルドは過去の整備記録の中で。

カイン達は欠落した資料の中で。

ミレイは異常発生地点の解析結果の中で。

そしてアルトは、
自分自身の違和感の中で。

誰も真実を知らない。

誰も全体像を見ていない。

それでも、
それぞれが同じ場所へ近付き始めていた。

一方で教導院の日常は続いている。

教練。

講義。

整備実習。

仲間達の何気ない会話。

だが、
その平穏の中にも小さな認識のズレは広がり続けていた。

そしてアルトは初めて、
自ら第七封鎖区画について調べようと決意する――。

第60話『収束点』



晩秋の冷たい風が教導院の中庭を吹き抜けていた。

落葉が石畳を転がり、
生徒達は肩をすくめながら校舎へ向かう。

「最近さ、
昨日のこと思い出すのに時間かからないか?」

「分かる。
誰かと約束した気がするんだけど思い出せなくてさ」

そんな会話が自然に交わされる。

笑い話として流される程度の違和感。

だが確実に増えていた。

誰も異常とは言わない。

しかし誰もが少しだけ引っ掛かりを抱えていた。



午前中は合同教練だった。

訓練場では複数班の生徒達が集まり、
ガルドの指示のもとで連携訓練が進められている。

フェル。

ルナ。

ヴォルグ。

シュバルツ。

エイル。

各ゲゼールが演習用フィールドを駆け抜ける。

連携確認。

索敵訓練。

模擬戦術行動。

久しぶりに教導院らしい活気が戻っていた。

「右から来るぞ!」

「了解!」

カインの指示にエルクとセシルが即座に反応する。

三人の連携は以前より洗練されていた。

一方でリオのフェルも軽快な機動を見せる。

訓練場を見下ろす観測席。

そこにアルトはいた。

実機訓練には参加できない。

ノアが隔離管理中だからだ。

代わりにシミュレーター訓練と戦術分析。

今の彼に許されているのはそれだけだった。

仲間達が前へ進んでいる。

その姿を見ながら、
自分だけが取り残されているような感覚が胸に残る。

無意識に視線が遠くへ向いた。

教導院のさらに奥。

隔離格納庫が存在する方向。

当然見えるはずはない。

それでも気になった。

ノアは今もそこにいる。

静かに監視されながら。



教練終了後。

リオが汗を拭きながら観測席へやって来た。

「お疲れ」

「見てただけだけどな」

「見てる方も疲れるだろ」

リオは笑う。

アルトも少しだけ笑った。

しばらく沈黙が続く。

やがてリオが空を見上げた。

「最近さ」

「ん?」

「やっぱ変だよな」

工具の件。

記憶の曖昧さ。

リオはまだ完全には割り切れていなかった。

アルトは返事をしなかった。

だが否定もしない。

その沈黙だけで十分だった。



ミレイは教室棟の端にある端末室で解析を続けていた。

欠番記録。

異常発生地点。

認識異常報告。

それらを重ね合わせる。

画面上に浮かぶ複数のマーカー。

線で結ぶ。

重なる。

集中する。

その先にあるのは一つの区域だった。

第七封鎖区画周辺。

偶然にしては一致率が高すぎる。

ミレイは静かに目を細めた。

机の横に置かれたルナの同期端末が微かに明滅する。

だがそれ以上の変化はなかった。



午後。

資料室の一角。

カイン、
エルク、
セシルの三人は収集した資料を並べていた。

「地図から完全に消えてるな」

エルクが眉をひそめる。

「削除じゃない」

カインが静かに言った。

「最初から存在しなかったように処理されている」

セシルが資料をめくる。

「でも記録の断片には残ってる」

「だから不自然なんだ」

断片。

削除番号。

存在しない参照先。

全てが同じ方向を指している。

第七封鎖区画。

カインは机の上の資料を見つめた。

点だった情報が少しずつ線になり始めている。



ガルドは教練終了後、
特別修復区画を訪れていた。

巨大な修復フレーム。

作業足場。

吊り下げられた交換装甲。

大型修復設備の駆動音。

その中央にドライグが固定されている。

大破の痕跡はまだ色濃く残っていた。

修復は順調。

整備主任もそう報告している。

問題はない。

それでもガルドは黙って機体を見上げた。

そしてまた思い出す。

第七封鎖区画。

どこで聞いたのか。

なぜ気になるのか。

思い出せない。

だが忘れてはいけない気がしていた。



格納庫では整備員達が通常業務を続けていた。

フェル。

ルナ。

ヴォルグ。

シュバルツ。

エイル。

多数のゲゼールが整然と並ぶ。

「昨日この工具使ったっけ?」

「いや、それ一昨日じゃないか?」

「そうだったか?」

そんな些細な会話が聞こえる。

誰も深刻には考えない。

だが同じようなやり取りは以前より増えていた。



フィオナは違和感報告を整理していた。

件数は確実に増加している。

一件一件は小さい。

しかし全体で見れば無視できない。

「多すぎる……」

思わず呟く。

数字は嘘をつかない。



ダグは教練後の人数確認で再び引っ掛かりを覚えた。

人数は合っている。

名簿も正しい。

全員いる。

それなのに何かが足りない気がする。

理由は分からない。

違和感だけが残った。



シエラとエドガーも解析結果を確認していた。

異常報告件数。

欠番発生率。

認識異常の推移。

全てが微増している。

急激ではない。

だが確実に進行している。

「止まってない」

シエラの声は重かった。

エドガーも無言で頷く。



放課後。

アルトは資料室へ向かった。

目的は一つ。

第七封鎖区画。

端末を操作する。

検索。

結果――〇件。

関連資料なし。

区画情報なし。

過去記録なし。

何も出てこない。

あまりにも綺麗だった。

まるで誰かが最初から存在しなかったことにしたように。

アルトは画面を見つめ続けた。

胸の奥がざわつく。

証拠はない。

根拠もない。

それでも確信だけは強くなっていく。

誰かが隠している。

何かを。



資料室を出る頃には外は薄暗くなっていた。

晩秋の夕暮れは短い。

冷たい風が吹く。

アルトは立ち止まり、
遠くの校舎を見た。

第七封鎖区画。

何があるのかは分からない。

だが今まで別々だった違和感が、
そこへ集まっている気がした。

知らなければならない。

そんな感覚だけが残る。



夜。

隔離格納庫。

閉ざされた隔壁。

無機質な監視灯。

静寂。

モニターにはノアの監視データが流れている。

異常なし。

変化なし。

全て正常。

数字も記録も問題はない。

その時だった。

画面の片隅に一瞬だけ文字列が表示される。

『第七封鎖区画』

次の瞬間には消える。

ログにも残らない。

誰も見ていない。

誰も気付かない。

静寂だけが残る。

そして教導院の夜は、
何事もなかったかのように更けていった。

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