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『ドールズ・ハイ』          第1章『黒の残響』第74話『封じられた保守管理区画』

―あらすじ―


整備主任エルヴィン・クラウゼンの発言をきっかけに、アルトたちは「保守管理区画」という旧呼称の存在へと本格的に踏み込むことになる。

ミレイは勤務記録からエルヴィンの経歴を追うが、特定の年代だけ情報が欠落していることに気付く。

カイン班も旧資料の役職履歴から不自然な改変痕を発見し、教導院内部に意図的に隠された領域の存在を疑い始める。

ガルドは創設期からの在籍者としてエルヴィンを知っているが、その詳細については語ろうとしない。

そしてアルトとリオはエルヴィン本人と再び接触し、「保守管理区画」という言葉の意味に触れ始めるが、その核心にはまだ届かない。

第74話『封じられた保守管理区画』

教導院の朝は、
これまでと変わらず流れていた。

訓練区画では機体整備の音が響き、
生徒たちはそれぞれの準備に追われている。

その日常の中で、
アルトだけがわずかに遅れているような感覚を抱いていた。

頭から離れないのは、
あの整備主任の言葉だった。

「まだ早い」

その言葉の裏にあるものを、
無意識に追い続けている。


午前の講義。

同期制御理論。
戦術応用解析。
機体安定運用学。

黒板の内容は理解できている。

それでもアルトの意識は、
教室の外側へと引き寄せられていた。

保守管理区画。

ただの名称のはずなのに、
思考の奥で異常な重みを持って沈んでいる。


昼休み。

リオはアルトの様子に気付いていた。
いつもより言葉数が少ない。
視線がどこか遠い。

「おい、
また例のやつか?」

軽く問いかけながらも、
リオの表情は真剣だった。

アルトは一瞬迷ったあと、
小さく頷く。

「エルヴィンって人……気になる」

リオは肩をすくめる。

「じゃあ行くか。
放っとくタイプじゃねぇだろ、お前」

その言葉に、
アルトはわずかに救われたように息を吐いた。


ミレイは解析室にいた。

教導院の勤務記録データを再構築している。

エルヴィン・クラウゼン。
整備主任。
創設初期からの在籍。

記録は長大でありながら、
ある一点だけが奇妙に途切れていた。

特定の年代だけ、
情報が存在しない。

削除でも破損でもない。

最初から
“そこだけが空白であるように”欠落している。

ミレイは静かに呟く。

「ここ、
時間ごと抜けてる……?」


カイン班は旧資料室で調査を続けていた。

役職履歴。
整備記録。
管理系統の変遷。

そこに残るエルヴィンの名前は、
時代ごとに微妙に変質している。

ある時は整備主任。
ある時は管理補佐。
ある時は記録上にすら存在しない。

カインは資料を閉じる。

「同じ人間の履歴じゃない」

エルクが資料を見ながら呟く。

「書き換えられてるってことか?」

カインは答えない。

ただ、
嫌な確信だけが残っていた。


ガルドは整備区画にいた。

周囲からエルヴィンについて問われることは多い。

だが彼は多くを語らない。
「創設期からいる古参だ」
それだけを繰り返す。

それ以上を語ろうとすると、
何かが喉の奥で止まるような感覚があった。

言ってはいけないのではない。
思い出してはいけない。

そんな感覚だった。


放課後。

アルトとリオは整備区画へ向かっていた。

エルヴィン本人に会うためだ。

整備場ではいつも通り機体整備が進んでいた。
その中でエルヴィンは静かに作業をしている。

リオが声をかける。

「主任、ちょっといいか?」

エルヴィンは手を止めずに答える。

「用件を聞こう」

アルトは一歩前に出る。

「保守管理区画って……何なんですか」

その瞬間、
エルヴィンの動きがわずかに止まった。

ほんの一瞬だけ。

そして低く言う。

「……その言葉を、
まだ知っている者がいるとはな」


エルヴィンは機体から視線を外さないまま続ける。

「保守管理区画は、
呼称に過ぎない」

それ以上は語らない。

リオが食い下がろうとするが、
エルヴィンは手で制する。

「今はまだ、
形にする段階ではない」

その言葉は説明ではなかった。
明確な拒絶でもない。

ただ“制御”のようなものだった。


夕暮れ。

整備区画を出たアルトとリオは並んで歩いていた。

空は赤く染まり、
教導院の影が長く伸びている。

リオが小さく言う。

「なんかさ……近づいてる感じはするよな」

アルトはすぐには答えない。

だが、
確かにそれは感じていた。

核心には届いていない。
それでも、
距離は確実に縮まっている。

アルトは空を見上げる。

「もう、
戻れない気がする」

その言葉は、
風に溶けた。

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