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takoyakiyuchan
ひとに伝える仕事
多感な年齢の時に、浪人をしていた。
大学受験である。
そのうえ、高校にも行かず、認定試験から大学受験をした。
現在では、定員収容率が100%近くあり、
難関大学や特定の学部を考えての浪人はあるものの
浪人生は、ずいぶん減った。
高校も、全日制だけではなく、選択肢もたくさんできた。
最近の10代にあこがれる。
毎日がキラキラしている。
私の時代には、多くいた浪人生が、
「スーパー講師」のいる予備校に通った。
いまや、浪人生専門の予備校ではなく、
現役合格するための予備校が中心となっている、
ただ、そのスーパー講師の講義に圧倒され、
実際の勉強は進まず、第一志望の合格通知は来なかった。
なんとか滑り込んだ大学生になっても、あの圧倒された衝撃が、
余韻として残っていた。
それは「あこがれ」だった。
学生時代の塾講師のアルバイトから始まり、
就職先も、学習塾講師となった。
あこがれから、実際の職業にすると、大変さが分かった。
講師から学習塾経営にも携わったが、多感な子供を預かる緊張感は
年齢を重ねるごとに、つらくなった。
いくつかの職業変化の中で、ラジオパーソナリティーが加わった。
時間内に、精度高く、伝えきる。
という意味では、講師もパーソナリティも同じだと思っている。
私の原点は「人に伝える」ことらしい。
