「腰が痛い」は、「寂しい」の言い方やった。
「シップ買う金無いなら、ジャパン走ろか?」
腰が激痛やと言う嫁に、湿布も切らしてて、
僕が出した精一杯が、その一言やった。
——今から走って、代わりに買うてくるわ、と。
お金がなかった時期のことを、あなたはどう思い出すやろか。
みじめやった、と切り捨ててしまうこともできる。
でも、金がないなりに、お互いを気づかってた小さなやりとりが、
なぜか今でも、いちばん温かく残ってる——そんなことってありませんか。
今日は、そういう夜の話をする。
2015年の2月。国家試験まで、あと2週間ほど。
家計は、ずっとギリギリやった。
その日の朝、嫁からLINEが来た。
「精神的にしんどい…」
「3月までもつかな…」
——正直に言う。
僕は、これにすぐ返信できんかった。
「大丈夫?」は違う。
「頑張れ」は、もっと違う。
「ごめん」は……正解に近いけど、それだけや。
何を返せばいいのか、わからんかった。
そのくせ、その日の昼、嫁から「何点やった?」と模試の点を聞かれたときは、
「140点やったで、平均より上やってん」と、すぐに返せた。
点数の話には、すぐ返せる。
でも「3月までもつかな」には、半日、ちゃんとした言葉を返せんかった。
——今思えば、それが当時の僕の、いちばんダメなところやった。
その夜。
21時。嫁から、立て続けにLINEが来た。
「まだふろ」
「あたしはdown」
「横になってる」
「帰ってきて」
「寝かせて」
「精神的に病んだ」
「撃沈」
僕は「何があったん、そんなに毎日」と返した。
「色々あるねん」
それ以上は、言葉にならへんかったんやと思う。
「外でる気力もない?」と聞くと、
「無理」
「腰が激痛やから」
「シップないし」
と返ってきた。
湿布も切らしてる。買う金も、あの頃はほんまに惜しい。
そこで僕の口から出たのが、あの一言や。
「やるわマッサージ」
「シップ買う金無いなら、ジャパン走ろか?」
ジャパンっていうのは、関西のドラッグストアや。
「シップないし」——これは、嫁の財布に金がない、いう意味や。
その頃うちは、湿布一枚の金でも、お互いにギリギリやった。
それでも、僕の財布には、嫁の分くらいなら、なんとか残ってた。
だから——今から走って、代わりに買うてこか、と。
あの時の僕にできる精一杯は、それやった。
嫁の返しは、こうやった。
「いい」
「帰ってきて」
「寝かせて」
買うてこか、も、マッサージも、ぜんぶ「いい」で片付けられた。
当時は、ほな何がええねん、と思ってた。
でも、今ならはっきりわかる。
腰が痛い、湿布がない——あれは口実やった。
嫁がほんまに欲しかったのは、湿布でも、僕がドラッグストアで買うてくるもんでもない。
僕が早く帰ってきて、そばにおること。
体をさわってもらうこと。
スキンシップやった。
なんでそう言い切れるかというと、今でも僕は、嫁の腰をよくマッサージするからや。
あの人にとって、体にふれてもらうことは、「大丈夫やで」と言われるのと同じ意味を持ってる。
それは、10年たった今も、ずっと変わらへん。
あの夜の「腰が痛い」は、「寂しい」やった。
「湿布がない」は、「早く帰ってきて」やった。
——でも、当時の僕は、それがわからんかった。
鈍感やったんや。
痛みは湿布で、しんどさは解決策で、なんとかなると思ってた。
嫁が求めてたんは、湿布じゃなくて、そばにおる僕やったのに。
「そばにおって」の代わりに、僕は「買うてこか?」と、店に走ろうとしてた。
気づいてあげられへんかった。それに、10年かかった。
ちなみに、その次の夜には、嫁は玄関にチェーンをかけて、僕を締め出すことになる。
それは、また別に書いた。
この夫婦は、こんなふうやった。
湿布一枚のことで気づかい合った次の夜には、家から締め出される。
でも、そのどっちも、まぎれもなく本物の夜やった。
お金がなかったあの頃、何が僕らを支えてたんやろな、と、今でもたまに考える。
たぶん答えのひとつは、ああいう夜に、僕が家へ帰って、黙って嫁の腰をさすってた——
そういう時間の中に、あった気がする。
