たぶん、わたしは傘に向いていない
雨の日は、少しだけ人間が試されている気がする。
傘を持っているか。 足元を見て歩けているか。 濡れた靴下をどこまで我慢できるか。
そんな、どうでもいいようなことを、雨は毎回確認してくる。
私は今日、ちゃんと大人として雨の日を乗り越えるために、コンビニでビニール傘を買った。
透明の傘だった。
透明なものは不思議だ。
見えているから安心するのに、持っていることを忘れてしまう。
新品の傘を持った私は、少しだけちゃんとしている人間になった気がした。
傘を買ったという行動だけで、自分の生活能力まで上がったような錯覚があった。
人間は不思議だ。
数百円の買い物で、自分自身への評価まで変えてしまう。
ショッピングモールに入り、トイレへ向かった。
そのあとメイクルームでコンタクトを入れていると、後ろから声が聞こえた。
「誰か傘を忘れとるわぁ。」
その言葉は、まるで自分の名前を呼ばれたみたいだった。
いや、実際には呼ばれていない。
でも心当たりがありすぎた。
私だ。
ついさっき買ったばかりの傘を、もう置いてきた私だ。
慌てて戻ると、そこにはちゃんと傘があった。
雨から守ってくれるはずのものを、雨が降る前から失いかけていた。
そんな私を、知らないおばあちゃんが助けてくれた。
「ありがとうございます」と直接言えなかったことが少し心残りだった。
でも、その人はきっと、誰かの忘れ物を見つけるたびに同じことをしているのだろう。
人は知らない誰かの生活を、ほんの数秒だけ支えることがある。
名前も知らない。
顔も覚えていない。
それでも、その数秒のおかげで一日が少し変わる。
私は傘を手に戻し、少し誇らしい気持ちになった。
今日は忘れなかった。
私は大丈夫だ。
そう思った。
その自信は、長くは続かなかった。
ショッピングモールを出る直前。
何気なく手元を見る。
傘がない。
一瞬、状況を理解できなかった。
さっき取り戻したばかりなのに。
私は同じ日に、同じ傘を二回失っている。
さっき私を助けてくれたおばあちゃんに、もう一度会ったら何と言えばいいのだろう。
「すみません、またです。」
そんな報告をする勇気はなかった。
人間は失敗から学ぶ生き物だと言う。
でも私は、失敗して数十分後にもう一度同じ失敗をしている。
これは学習能力の問題なのか。
それとも傘との相性の問題なのか。
雨はまだ降っていた。
考えている間にも、服は濡れていく。
だから私は、また新しい傘を買った。
今日二本目の傘。
もしかしたら家に帰れば、二本の傘が並んで待っているかもしれない。
「遅かったね」と言われるかもしれない。
そう考えると少し怖い。
私は傘を大切にできない人間なのではなく、傘との距離感が分からない人間なのだと思う。
人間関係でも、距離感は難しい。
近すぎると重たくなるし、離れすぎるといなくなる。
傘も同じなのかもしれない。
持っていることを意識しすぎると疲れる。
でも、忘れると困る。
雨の日に傘を二本買う人はあまり見ないけれど、忘れるたびに新しい傘を買っていると、自分は傘を持っている人間なのか、集めている人間なのか分からなくなる。
雨を避けるために買ったはずなのに、気づけば傘のほうが私を振り回していた。
