適応障害体験記⑦〜自身の愛着障害に気付く〜
こちらの記事では、前回の記事↓の続きを書いています。
ぜひ、ご覧いただけると嬉しいです。
3ヶ月の病気休暇を経て、職場に復帰した私は子供たちと時間を過ごす日常を取り戻しました。
しかしながら、パワハラ上司と同じ学年を受け持ち、同じ学年を運営していかなければならない事実に変わりはありませんでした。
(初任者指導の先生が、私と上司の間に入り間接的にコミュニケーションをとっているという状況でした。)
私の心はビクビクしっぱなしだった
私が、適応障害になり3ヶ月で職場復帰したことや、同じ学年の先生にパワハラを受けていたことは周りの先生には認知されていました。
もちろん、復帰にあたり管理職の先生とは何度も話をし、私は確かに周りの先生から見守られている感覚は多少なりともありました。
この状況を客観的に見ると、私よりその上司の方が何倍も職場に居づらかったはずでした。
それなのに、私はなぜか自分の味方は本当は誰もいないんじゃないかという思考回路しかできず、隠れるようにして働いていました。
パワハラを受けた自分自身を責め始める
この当時の私がどうして隠れるようにビクビクして働いていたか。
当時を振り返って私が今思うのは、自分が弱い人間だからパワハラを受けたんじゃないかと本気で思っていたからということでふ。
心身ともにあそこまでボロボロになったのに、復帰できた自分を認める方向に進むのではなくて、あの当時の私はなぜかむしろ逆でした。
本当は、もう少し我慢して働けたのではないか?
私じゃない人だったら、もしかして適応障害にならずに働き続けられていのではないか?
復帰後は、そんな考えが頭を駆け巡りました。
だから、パワハラ上司が悪いではなくて
パワハラを受けるような弱い自分が悪い
という思考になっていたわけです。
今思うとこれは完全に愛着障害が色濃く出ている間違った考え方でした。
悪いものを悪いと言えない、思えない
どんな状況であれ自分を一番に責める、
という誤った認識をしてしまうという負の側面が私にはありました。
そこに気付いてからこの経験に対する認識が変わるまでにすごく時間がかかりました。
そして、それに気付くまで私はずっと自責の念に駆られ自分を責め続けて働きました。
自分を責めて生きることほど辛いことはないですね(泣)
でもこの経験を通して、自分の深いところにある課題に直面できて本当に良かったと今の私は思っています。
次回は、この"愛着障害"という新たな壁にぶち当たり、乗り越えようとするその過程について書いていきます。
この愛着障害に真正面から向き合う、辛くも尊い時間が私の生き方を明るい方向へ導いてくれたと本気で思っています。また次回の記事でお会いできることを願っています。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
