長編小説 | 『馬と鹿と迷える羊』第二話
◆馬◆
動画の再生が始まると、画面端にLIVEと表示されていることに気づいた。生配信ならば、より都合が良い。俺の「直感」が何に働いたのかを探るべく「対象」の観察をはじめる。
画面上でしゃべるキャラクターは常に上半身が映っており、時折頭や手をぎこちなく動かしている。目を惹いたのは青い瞳、そしてショートの銀髪に貼り付く丸まった「角」のようなもの。何かの動物を擬人化したものらしい。
「羊、か?」
瞬間、口元からフッと笑みが溢れたことに気づいた。「笑う」なんていつ以来だ。
「馬と鹿に、羊か。…ははっ!悪くないな。」
次の瞬間には笑みを消し去った。ヘッドフォンを装着し『ユイ』という配信主の話す内容と、声音に聴覚を集中させる。大抵の場合はどんなに隠そうと「本心」は言葉や声に表れる。
◆羊◆
『"なんちゅう"さん、こんばんは。今夜も配信に来てくれてありがとう。"野生児"さん、お仕事おつかれさま。』
毎週金曜日に行なっているLIVE配信では、コメントをくれたユーザーに声をかける。画面上に映るのはもう1人の私。ウェブカメラで捉えたパソコンの前に座る私の動きと連動して表情を変えたり、頭や手を動かす。1ヶ月ほど続けてみて、手の振り方も当初よりは自然になっていると思う。自信作の台本を手元に、配信者の「ユイ」として現在23名の視聴者一人一人に向けて話し始めた。
『みなさんは、自分自身を大切にできていますか?今日は、本当の意味で自分のことを労わってあげる方法について、話していきたいと思います。』
《ユイちゃんの声を聞くことが癒しですー!》
《ユイちゃん、"歌ってみた"とかやらない?視聴者増えると思うよ!》
《今日の夜ご飯、何食べました?》
ああ、まただ。もやもやと広がる感情に蓋をして、コメントに返答する。
『コメントありがとう。前も言ったけれど、歌は苦手なの。ごめんね。夜ご飯はカレーを食べたよ。雑談の前に、まずは私の話を聞いてくれませんか?』
今日の台本なら、きっと大丈夫。
自分に言い聞かせながら、続きを話し始めた。
『…つまり、自分を労ること、それは"心の声"を無視しないことです。身体は一見健康でも"心の声"が悲鳴をあげていたら、お仕事も家事もしっかり休んでください。休まなくては、ダメなんです。…手遅れになってからでは…遅いんですっ…』
語尾を強めた自身の声で、ハッと我に帰った。長文の台本を1時間ほど、ノンストップで読んでいた。途中でみんなに話を振りながら進めようと思っていたのに。気づけば視聴者は5名になっていた。コメント欄には
《雑談はなしかな?😢》
《今日も子守歌配信確定〜笑》
《ユイちゃんの声が聞ければなんでも良いよ❤️》
はぁ…なんでいつもこうなっちゃうんだろう。猛省の気持ちの中でLIVE配信を終えようとした矢先、一件のコメントが流れてきた。
《ユイさん、初めまして。ユイさんの話す内容に、勇気づけられました。心の声に従って、明日も仕事だったけど、休もうと思います。》
さきほどまでの猛省が、一瞬にして吹き飛ぶ気持ちだった。私の動画の内容を受けて「行動する」と書いてくれた人は、初めてだった。
『あ…配信、聴いてくれてありがとう。ええと、初めまして、"にんじん"さん。お仕事、本当にお疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね。なにかあったら、ユイがお話聞きますから!』
◆鹿◆
ホウスに作る手料理のメニューを考えて、その後羊を960匹くらいまで数えたけど、気づいたら床で寝てた。バーンという爆音で目が覚めた。勢いよく開かれたドアの音だった。目をこすりながら顔を上げると、ぼくを見下ろすホウスがいた。
「おはよー。昨日はなんかみつかった?」
「ディア、"命令"だ。これを覚えろ。」
ひとつのUSBがぼくの前に落ちた。待ち侘びたホウスからの"命令"だ!
「わかったよホウスゥ!これってなに?」
「台本だ。」
「ふぅん、何の?」
「覚えればいい。」
「わかった!」
よく分かんないけど、ホウスがぼくを必要としてる。それがすごく嬉しくて、すごく興奮してきて、夜考えてたことはぜーんぶ忘れて、USBを掴むのと同時に解放された部屋を飛び出した。
-第二話 完-
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