ざわっとしてしまう言葉が、教えてくれたこと
この文章は、自身の心と向き合うために書きます。
ここ最近、記事を読ませていただく中で「心がざわっとしてしまう言葉」がありました。
それは、けっしてネガティヴな言葉ではありません。むしろ、光に包まれた美しい言葉なのです。
「みなさんに幸せが訪れますように」
その一文に。
私は、このような美しい意味合いの一文に、
何故か…ざわっとしてしまう…
以前はそんなこと、なかったはずなのに
その理由を考え、おそらくこれではないかというようなものと、向き合っています。
" 今のエネルギーレベルでは、
心から言うことができない言葉だから "
単純に書くだけなら、できます。ですが、
心からの言葉として書くことが、できないのです。
誰かの幸せを願えるレベルまで、
エネルギーが足りていない
幸せのコップが、満たされていない?
自身の持つ幸せを、軽視している…?
ドキッとしました。
ふとした時、「まだ見ぬ理想の暮らし」のぼんやりした輪郭を描こうとしていました。
でも、「理想の暮らし」として最終的に思い浮かぶイメージは「今とは大きく変わらない暮らし」でした。
いや、もっと最適な「何か」があるのでは?と…
今思えばその思考が、「今の幸せ」を「当たり前のもの」にしていたのかもしれません。
そんな迷走をしていたある日、ふと見たYouTubeから衝撃的な回答をいただきました。
「変わろうとしていない人が、結果的にものすごく変わっていく」
「逆に変わろうともがいている人ほど、変わらない」
こ、これか〜〜〜😳
こちらの動画のメッセージが処方箋になりました。
前述した説明だけですと、誤解が生じるかもしれません。単に向上心0で生きれば良いというわけではありません。
個人的解釈も含めると、「変わろうとしていない人」=「今の暮らしに心から満足している人」なのです。そのように心が満たされている方は、自然に体の内側から「やりたいこと」が湧いてきます。それに従って日々を生きていたら、ある日気づくととんでも無いところに辿り着いており、周りの人からは「向上心がある、特別な人」のように見えたりするのです。
あるnoterさんのご活躍を拝見していても、納得しました。「文章力向上!」「ビュー数アップ!」なんてテーマには一切触れずに、心地よい暮らしを淡々と美しく、時に力強く書かれている方で、結果的にフォロワーさんも、記事へのスキも、集まっている。こういうことなのですね。
8月はバタバタしていたこともあり、思考の方向性がずれ始めていたのかもしれません。
今の暮らし 恵まれています
ご縁に 恵まれまくっています
noteも続いている 読んでくださる方がいる
理想の暮らし
じつはもう 叶っていました
(文章力向上は"やりたいこと"なので続けます😇)
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