長編小説 | 『馬と鹿と迷える羊』第一話
◆◇◆
金曜日の夜。カーテンの締め切られた暗闇の一室に、デスクトップの明かりが灯った。画面の反射光が部屋の主の整った顔を照らす。その目は生命の光を忘れ、ただ機械のように主要なニュースサイトを高速で流し見する。何の感情も動かぬことを確認した後、デスクトップに無造作に置かれた動画投稿サイトのアイコンをクリックした。それは男がここ数ヶ月続けていた、金曜日のルーティンだった。
◆馬◆
人間の興味を惹こうと必死なタイトル、センスのない派手なだけのサムネイル、何が面白いのかわからないショート動画が、散々流れてくる。自身でスクロールしていながら、俺は何を見せられているのだろう、という気にさえなっている。
目的は一応は、ある。そのため毎週金曜日にこのルーティンをはじめてしばらく経つが、今日も見つかりそうにない。俺の興味を惹く「対象」は、すでにこの世界には存在しないのかもしれない。
嫌気が差し、もうこのルーティンも、なにもかも、終わりにしようかと考えはじめた時、スクロールする右手が止まった。ある、サムネイルに目が留まった。それは、これまで何百本とスルーしてきたような、「CGで描画されたキャラクター」が移されたサムネイルだった。だが、俺が絶対的な信頼を寄せているものが、この世にたったひとつだけ存在する。「直感」だ。「直感」に従ってそのサムネイルをクリックしたとき、ここ数ヶ月の間縁のなかった「期待」らしき感情が生まれるのを、微かに感じた。
◆羊◆
金曜日。お昼休憩の時間。お弁当を食べながら、昨日アップした動画のコメント欄を確認する。
《ユイちゃん、今日も可愛いね!》
《ユイちゃんの声に癒されるよ〜❤️》
《生配信見るために、仕事頑張れます!》
コメントをくれるのは、名前もアイコンも覚えた馴染みのユーザーの人たち。動画を見てくれる気持ちは嬉しかったけれど、正直なところ、コメントの内容には素直に喜べなかった。
《声可愛い!》
《声優さんやらんの??》
《声ファンになりそう❤️》
初めて見るアイコンのユーザーからのコメントは、「声」に関することが大半を占めていた。それが動画配信者として活動する上での悩みでもあった。
(違う…そこじゃ無い。私が聞いて欲しいのは、声じゃなくて「言葉」なの。ファンになって欲しいわけじゃ、ない…。)
そのようなコメントばかりで、一度声を加工しようかとも考えた。けれど、この声を封印したらそもそも動画さえ見られなくなるかもしれない、という不安が頭をよぎり、決断できなかった。
見られなければ「言葉」を伝えることもできない。それならばいっそのこと、声でも何でも利用しようと思った。また、動画を多くの人に見てもらう作戦として試しにアバターのような「動くキャラクター」を作り、動画に使ってみた。そのおかげか、少しずつだが視聴者が増えてきている。
望む方向性とは少しずれている気がしなくもないけれど…いつか、私の伝え続ける「言葉」が、誰かを救うことがあるのではないかと、そんな淡い希望を胸に秘めていた。
お弁当を食べ終わり、休憩時間の残り30分は今夜の配信の台本を見直すことにした。
◆鹿◆
1人は退屈だなぁ。今日は金曜日だから、ホウスは構ってくれなそうだし。ずっと昼寝してた分、眠れないし。ああ、ヒマ、暇、ひま。
(1時間後)
…いくらなんでもさぁ、部屋に「監禁」までする必要なくない?ぼく、そんなにジャマかなぁ?でも、ぼくの好きなドーナツ買ってきてくれたし、明日はホウスのために手料理作っちゃおう!何作ろうかなー♪
-第一話 完-
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