なぜSSFF & ASIAは「ユニバーサル上映会」を続けるのか? 誰もが楽しめる映画祭をめざして
1999年の設立以降、ショートフィルムの魅力を届け続けてきた、ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)。2023年からは、バリアフリー音声ガイドやバリアフリー日本語字幕を備えた作品を上映する「ユニバーサル上映会」も開催しています。
その始まりには、インクルーシブな映画づくりとの出会いと、「より多くの人に映画を届けたい」という思いがありました。ユニバーサル上映会はどのように生まれ、どのような試行錯誤を重ねてきたのでしょうか。ショートショート実行委員会のエグゼクティブ・ディレクターの東野正剛さんにお話を伺いました。
記事内でご紹介しているショートフィルムもぜひご覧ください!
インクルーシブな映画づくりとの出会い
――私が「ショートショート フィルムフェスティバル アジア(現:ショートショート フィルムフェスティバル & アジア)」を知ったのは、2007年でした。野外シアターでインドのアニメーション作品を観たのですが、当時は野外上映そのものが珍しく、「こういう映画体験もあるんだ」と新鮮に感じたことを覚えています。その頃、まだ東京都とSSFF & ASIAによる映像製作プロジェクトは始まっていなかったと思いますが、この取り組みはいつからスタートしたのでしょうか?
東京都とSSFF & ASIAによる、東京の魅力を国内外に発信する映像製作プロジェクトは、2016年にスタートしました。作品をYouTubeで公開し、多彩な東京の魅力を世界へ発信することで、国内外の多くの方に「東京を訪れてみたい」と感じていただけるような映像づくりを目指しています。
コロナ禍の影響で制作が難しかった2020年を除き、現在まで毎年1作品ずつ制作を続けています。これまではスポーツやサステナブルといったテーマを扱ってきましたが、2026年からは新たに「Generative Tokyo Project」を始動しました。映画祭の開幕に先駆けて、野上鉄晃監督、庄司浩平さん主演の『彼方の声』もYouTubeで公開したばかりです。
――『彼方の声』は、「本編」と「音声ガイド版」がYouTubeで公開されており、日本語字幕もついています。こうしたバリアフリー対応は、プロジェクト開始当初から行われていたわけではなかったんですよね。
そうなんです。バリアフリー対応を始めるきっかけになったのは、2018年に公開した『シェイクスピア・イン・トーキョー』という作品でした。
監督は、SSFF & ASIA 2017で観客賞を受賞された、オーストラリア出身のジェネビーブ・クレイ・スミスさん。彼女は「インクルーシブ・フィルムメイキング」という考え方を実践されていて、年齢や性別、障害の有無、文化的背景に関係なく、誰もが対等に映画制作へ参加できる環境づくりを行っていました。
彼女の信念は「これからの映画制作は、作品のテーマだけでなく、制作現場そのものもインクルーシブであるべき」というものでした。実際に、知的障害のある俳優さんや、ダウン症の俳優さんをキャスティングされていましたし、映画制作のプロセス自体にもインクルーシブの考え方を取り入れているんです。
例えば、中高生から大学生くらいまでのダウン症の若者を対象に、1か月ほどかけて座学や実践を含むワークショップを行います。そこに参加した方々が、実際の撮影現場でカチンコを担当したり、制作アシスタントとして参加したりする。そうした取り組みを、オーストラリアで長年続けてこられました。
そうして生まれた作品が本当に素晴らしかったので、「東京」をテーマにした映像制作プロジェクトのコンペに参加していただけませんかとお声がけし、企画をご提案いただきました。
――どのような企画だったのでしょうか。
オーストラリアに暮らすダウン症の青年・ベンが、兄の仕事に同行して東京を訪れるという物語でした。兄はベンのことを心配しているのですが、ベン自身は「自分は兄が思っているほど子どもではないし、自立できている」と考えていて、一人で東京の街へ探検に出かけるんです。
ビジネスで来日している兄は、ミーティング中もずっと弟のことが気になって仕方ない。一方でベンは、シェイクスピアの知識や即興で描くイラスト、そして持ち前のユーモアを通じて、出会った人たちの心をつかんでいく。そんなストーリーでした。
企画を拝見したとき、「もしこういう作品が東京で撮れるのであれば、ぜひ実現したい」と思い、スミス監督の案を採用しました。そして、このショートフィルムを制作するにあたり、監督から提案されたのが、日本のダウン症の子どもたちを対象にしたワークショップの実施でした。まずはワークショップに参加してもらい、興味を持ってもらえたら、撮影当日もアシスタントとして現場に参加してもらいたい、という内容だったんです。
――とても有意義な取り組みですね。
ただ、私自身、当時はどこに相談すればいいのかわからなくて。まずはインターネットで調べて、日本ダウン症協会に「まずは話だけでも」と思って電話をしたんです。すると偶然、事務局に映像関係のお仕事をされていた方がいらっしゃって、「ぜひ協力したい」と言ってくださいました。
そのご縁から、中高生から20代前半くらいまでの7〜8人の方々に集まっていただきました。監督にも撮影の2〜3週間前に来日いただき、通訳を交えながらワークショップを実施したんです。参加した皆さんには、撮影当日も現場にお越しいただき、カチンコを担当してもらったり、エキストラとして少し出演していただいたりもしました。
この作品が、SSFF & ASIAとして、インクルーシブな視点を本格的に取り入れた最初のプロジェクトになりました。今振り返っても、当時の映画祭としてはなかなか先進的な取り組みだったと思います。
海外の方にも楽しんでいただけるよう、『シェイクスピア・イン・トーキョー』には14言語の字幕を付けてYouTubeで配信し、結果的に70万回以上再生される作品になりました。ただ、その当時はまだ、音声ガイドや日本語字幕を付けるという発想までは至っていなかったんです。
パラスポーツ作品『Samurai Swordfish』が開いたバリアフリーの扉
――2018年に公開された『シェイクスピア・イン・トーキョー』のあと、プロジェクトのテーマが「スポーツ」に切り替わりました。
2019年にラグビーワールドカップが日本で開催され、翌2020年には東京オリンピックを控えていたこともあり、東京都から「2019年から3年間は、スポーツをテーマに制作していきましょう」という提案があったんです。そこで、プロジェクト名も「シネマスポーツプロジェクト」に変更し、ラグビーの要素を取り入れたショートフィルム『This is Tokyo』(森崎ウィンさん主演)を制作しました。
本来は2020年度にも新作を制作する予定でしたが、コロナ禍で実現が難しくなり、結果的に2021年度の制作となりました。その際、東京都から「オリンピックだけでなく、パラリンピックにももっと注目を集めたい」というお話がありまして。それなら、パラスポーツをテーマにした作品を作ろうということになり、洞内広樹監督とアイデアを練りました。
最終的に決まったのが、江戸時代の盲目の剣士が現代にタイムスリップし、自らの子孫である青年とともに、現代の東京でパラ水泳に挑むという物語でした。それが、飯島寛騎さん主演の『Samurai Swordfish(サムライソードフィッシュ)』です。
本作には、義足モデルの川原渓青さんにもご出演いただいたほか、東京パラリンピックの金メダリストである鈴木孝幸さん(自由形)や、木村敬一さん(バタフライ)にもカメオ出演していただいています。お三方には、脚本制作の段階から多くのアドバイスをいただきました。
――音声ガイドや日本語字幕が付いたのは、この作品からですね。
本作の主人公は視覚障害のある剣士でしたので、「当事者の方々にきちんと作品を届けられなければ意味がないだろう」と考えました。そこで、初めて音声ガイドを制作することになったんです。もし主人公が視覚障害者でなければ、この音声ガイドを作ろうという発想には至っていなかったかもしれません。
――バリアフリー対応を進める、大きなきっかけになった作品だったんですね。SSFF & ASIA 2023では、初めて「ショートフィルム バリアフリー上映会 ~ Cinema is Inclusive ~」が開催されました。
SSFF & ASIA 2023全体のテーマが、「Unlock(解き放って)」でした。私たち自身も新しい世界へ飛び込もうという思いがあり、前年に音声ガイド版を制作したこともあって、「それなら次は、バリアフリー上映会という新しい試みに挑戦してみよう」という話になったんです。
そこで、2023年に公開した臼田あさ美さん主演の『妻の電池切れ』と、『Samurai Swordfish』をあわせて上映することにしました。ただ、当時の私たちは本当に手探りの状態。何から始めればいいのかもわかりませんでした。
――どのように準備を進めていったのでしょうか?
まずは、映画祭の字幕制作を担当していただいていた日本映像翻訳アカデミー(JVTA)さんに、「こういうイベントをやろうと思っています」と相談しました。そこで初めて、JVTAに、音声ガイドや日本語字幕の制作に関わる「バリアフリー事業部」があることを知ったんです。
そこからご縁がつながり、音声ガイドや日本語字幕の制作だけでなく、イベント運営全般についてもご協力いただくことになりました。手話通訳の方や要約筆記の方にお越しいただく必要があることも、その時に初めて知りましたね。
――初めての「バリアフリー上映会」の手応えはいかがでしたか?
実は、初回はほとんどお客様がいらっしゃいませんでした。視覚障害のある方や、ろう者の方の来場はゼロだったんです。
今振り返ると、原因は完全に私たちの告知不足でした。視覚障害のある方々が、普段どうやって映画祭やイベントの情報を得ているのか……。とにかくイベントを開催することだけに必死で、そこまで想像力が及んでいなかったんです。
また、当事者以外の来場もほとんどありませんでした。「バリアフリー上映会」というタイトルを見て、「自分には関係のないイベントだ」と感じてしまった方が多かったのかもしれない、と今では思っています。
「ユニバーサル」という言葉が不要になる未来を目指して
――翌年のSSFF & ASIA 2024からは、イベント名が「ユニバーサル上映会 ~ Cinema is Inclusive ~」に変更されましたね。
先ほどもお話ししたように、「バリアフリー」という言葉を使うと、どうしても「自分には関係ない」と感じてしまう方がいらっしゃいます。誰もが気軽に参加できる上映会にしたいという思いを込めて、名称を「ユニバーサル」に変更しました。
SSFF & ASIA 2024では、『Samurai Swordfish』の洞内監督と、『妻の電池切れ』の八幡貴美監督にご登壇いただき、「音声ガイド版を実際に体験してどう感じたか」といったテーマでトークセッションを行いました。また、ろう者であり日本語字幕制作者でもある高畑寿延さんをはじめ、制作に携わってくださった当事者の方々からのビデオコメントを上映する取り組みも行いました。
――その翌年に開催された、SSFF & ASIA 2025のユニバーサル上映会には、私も参加させていただきました。当日は、視覚障害のある方や、ろう者の方もたくさん来場されていていましたよね。
SSFF & ASIA 2025のユニバーサル上映会では、高畑さんと、映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』に出演されたろう者俳優の今井彰人さんにご登壇いただきました。お二人の登壇をウェブサイトで事前に告知していたので、それをきっかけに当事者の方々の来場が増えたのだと思います。少しずつではありますが、継続してきた成果が表れ始めているのかなと感じました。
――今井さんが、トークセッションのなかで「将来的には“ユニバーサル”という名称が必要なくなるのが理想」とお話しされていて、とても印象的でした。音声ガイドや日本語字幕だけでなく、車椅子スペースの確保や、床のココテープ(視覚障害者歩行テープ)など、会場設備にもさまざまな工夫が見られました。
SSFF & ASIA 2025に向けて、当社の社員が「ユニバーサル上映会を拡張したい」とクラウドファンディングを立ち上げたんです。目標額を達成できれば、新たにショートフィルム数本の音声ガイド版を制作し、映画祭期間以外にも定期的な上映会を開催できるのではないか、という想いからでした。
そのクラウドファンディングを進めるなかで、一般的なイベントのバリアフリー化を手がける株式会社プレイワークスさんが支援してくださいました。資金面だけでなく、「イベント運営にも協力します」と申し出てくださり、会場の床にココテープを設置していただいたり、視覚障害のある方の見え方を体験できるブースを設けていただいたりと、新たな設備が会場に加わりました。

――年々、ハード・ソフトの両面でアップデートされているんですね。
本当に、みなさんのご協力があってこそですね。もう一つ、SSFF & ASIA 2025で大きな存在だったのが、手話通訳の手配などでご協力いただいた株式会社サンドプラスさんです。
同社は、手話を第一言語とするろう者が中心となり、映画・映像の企画・制作や、ろう者の俳優を中心とした芸能プロダクション事業を手がけている会社です。今井彰人さんのお姉さんであり、映画監督でもある今井ミカさんが立ち上げました。
ユニバーサル上映会に向けて打ち合わせを進める中で、サンドプラス社の担当である岡本さんが、丁寧にアドバイスをしてくださいました。例えば、「“聴覚障害者”よりも“ろう者”という表現のほうが自然です」「“健常者”ではなく、“聴者”という言い方のほうがいいと思います」といった形で、ホームページに掲載する記事やイベント台本の内容を、当事者の視点から細かく監修していただいたんです。
もちろん、JVTAさんにも引き続き音声ガイド制作をはじめ、多大なサポートをいただいています。私たちショートショート実行委員会だけで取り組んでいるわけではなく、本当に多くの方々と手を取り合いながら、一緒に上映会を作り上げている感覚があります。
――ユニバーサル上映会を数年続けて見えてきた課題や、今後の展望を教えてください。
やはり、必要としている方々に情報をしっかり届け、より多くの方にご来場いただくことが、大きな課題だと感じています。また、単に上映の機会を設けるだけでなく、誰もが安心して参加できる環境をどのように作っていくかも、引き続き考えていかなければなりません。
SSFF & ASIA 2025で、今井彰人さんが「ユニバーサル上映は、当事者が登壇したり、ろう者・難聴者の関係者が映像制作に関わったりすること自体に大きな意味があると思っています」とお話しされていました。私たちも、その言葉に強く共感しています。
どうすれば必要としている方々にきちんと情報を届けられるのか、どうすれば誰もが境界線なく参加しやすい上映会になるのか、私たちはまだ学んでいる途中です。当事者の方々の力もお借りしながら、毎年少しずつアップデートを重ね、より良い上映会を作っていきたいと思っています。
SSFF & ASIA 2026 ユニバーサル上映会~ Cinema is Inclusive ~
日時:2026年6月5日(金)16:20〜18:10
場所:LIFORK HARAJUKU
料金:無料
★チケット予約は公式サイトから
視覚や聴覚に障がいのある方にもお楽しみいただけるよう、音声ガイドや字幕ガイドなどのバリアフリー対応を施した「ユニバーサル上映会」を開催します。
本イベントでは、ダチョウ倶楽部・肥後克広さんがナレーションを務める『HANA』、東京都とSSFF & ASIAによる特別製作作品『日の出を知らない街』、そして今年新たに東京都と製作した最新ショートフィルム『彼方の声』を上映。『彼方の声』の音声ガイド版では、声優・佐々木望さんがナレーションを担当しています。
上映後には、今年で声優デビュー40周年を迎える佐々木望さんをゲストに迎え、音声による表現の可能性や、視聴覚障がい者向けコンテンツ制作への想いについて語っていただきます。
アニメ『幽☆遊☆白書』浦飯幽助役をはじめ、『AKIRA』鉄雄役、『銀河英雄伝説』ユリアン役など数々の代表作を持つ佐々木さんならではの視点から、映像と“声”の関係性についてお話を伺います。
多様な観客が共に映画を楽しめる環境を目指し、映画の新たな体験と可能性をお届けする上映会です。
※情報保障:MCの手話通訳、要約筆記、また全作品に音声ガイドおよび字幕ガイドが付いています。
