見出し画像

やっと、自分がわかってきた。

自分の人生を振り返る。

話しているうちに、
今までバラバラだった出来事が
一本の線につながった気がしたんです。

私は小さい頃、「ごまめ」でした。

鬼ごっこをしても、ごまめだからルールは少し甘い。

みんなが優しくしてくれる。

その優しさが嬉しかったし、安心できる場所でした。

私は何をするにも時間がかかる子でした。

10教えてもらっても、一度にできるのは1つか2つ。

周りの子はできているのに、私はできない。

だから努力しないと置いていかれる。

そう思って育ちました。

親の顔色を見ながら過ごし、
自分の気持ちよりも周りを優先する
ことが当たり前。

「私はどうしたい?」

そんなことを考えるより、

「どうしたら怒られないかな。」

「どうしたら迷惑をかけないかな。」

そんなことばかり考えていました。

だから私の中では、

頑張る=努力

でした。

中学生の頃から「努力」という言葉が
好きでした。

努力すれば追いつける。

努力すれば認めてもらえる。

努力すれば価値がある。

そう信じていました。

だから、「真面目だね」と言われるのも苦しかった。

褒め言葉なのに、私には

「もっと頑張って」

と言われているように聞こえていた
からです。

病気になってからも、
その考え方は変わりませんでした。

できない自分を責めて、

また頑張ろうとする。

誰も何も言っていないのに、
一番厳しかったのは自分自身でした。

だから、「頑張ったね」と言われると涙が出ます。

嬉しいからだけではありません。

その一言で、ずっと張りつめていた心がほどけるからです。

そして最近、自己理解を深める時間の中で、自分でも驚くような言葉が出てきました。

「そっか。私は、頑張るしか生きる方法を知らなかったんだ。」

その瞬間、自分を責める気持ちが少し軽くなりました。

私は弱かったわけじゃない。

怠けていたわけでもない。

その時の私には、その生き方しか知らなかっただけ。

そう思えたんです。

さらに、もう一つ気づきました。

私は「頑張ること」が嫌だったんじゃない。

「頑張る=努力=苦しい」

そう思い込んでいたことが、
ずっとしんどかったんです。

だから、「人生を楽しもう」と言われても、どう楽しめばいいのか分かりませんでした。

私にとって人生は、「努力するもの」だったから。

でも今、少しずつ変わってきています。

以前は、自分を変えようとしていました。

でも今は、自分を知ろうとしています。

それだけで、見える景色が少し変わりました。

そして、私が大好きなたけさんの絵🖼️の言葉があります。

「一生 青春」
「一生 挑戦」
「一生 成長」



以前は、「もっと頑張れ」という言葉に聞こえていました。

でも今は違います。

人生を楽しもう。

やってみたいことに挑戦しよう。

昨日の自分より少し成長できたら、それでいい。

そんな温かい言葉に聞こえます。

この歳になって、やっと気づいた私です。

「もっと早く知っていたら、もっと楽に生きられたのかな。」

そんなことも思いました。

でも今は、こうも思います。

あの頃の私には、頑張るしか生きる方法がなかった。

だから、その時の私を責める必要はない。

今、このタイミングだからこそ、この言葉に出会えたのかもしれません。

人生の前半は、生き抜くことに必死でした。

でも、これからは違います。

私は人生の最後に、

「最高の人生だった。」

そう思って笑っていたい。

だから、動けるうちに動きたい。

会いたい人に会いたい。

やってみたいことに挑戦したい。

後悔だけはしたくない。

だから今の私は、

頑張るしか生きる方法を知らなかった私が、楽しく生きる方法を
絶賛勉強中です。

これからの人生は、

頑張るために生きるんじゃない。

人生を楽しむために学び続ける。

一生青春。

一生挑戦。

一生成長。

この言葉を胸に、自分らしい
第二の人生を歩いていきます。

いいなと思ったら応援しよう!