涙は、看護師としての弱さでしょうか。
「看護師なんだから、泣いてはダメ。」
この言葉を聞いたとき、私はずっと考えていました。
私は長年、看護教育に携わってきました。
毎年、新人看護師が一年間を振り返り、自分の看護観を語る発表会があります。
私は、この時間が大好きです。
新人看護師が何を感じ、何に悩み、どのように成長してきたのか、一人ひとりの言葉から、看護の原点を教えられるからです。
ある年、一人の新人看護師がこんな話をしてくれました。
初めて患者さんの死に立ち会った日のことです。
その患者さんとは、毎日のケアを通してたくさんの時間を過ごしてきました。
笑顔を交わし、会話を重ね、小さな変化を一緒に喜び、時には不安な表情にも寄り添ってきました。
だからこそ、お別れの瞬間、悲しさが込み上げ涙が止まらなかったそうです。
その時、病棟の師長さんからこう声を掛けられたそうです。
「看護師なんだから、泣いてはダメ。」
教育にはさまざまな考え方があります。
患者さんやご家族の前では感情をコントロールすることも、時には必要なのかもしれません。
だから私は、この言葉が正しいとか間違っているとかを言いたいわけではありません。
ただ、私なら違う言葉を掛けます。
まず、
「患者さんと、そこまで真剣に向き合ってくれてありがとう。」
そう伝えます。
そして、おそらく私も一緒に涙を流すでしょう。
だって、大切なたった一つの命が、この世を旅立ったのですから。
その涙は、弱さではありません。
患者さんを大切に思った証です。
私は、その感情を否定するのではなく、一緒にその意味を考えたい。
なぜ涙があふれたのか。
その患者さんとの関わりの中で、何を感じ、何を学び、その経験をこれからの看護にどう生かしていくのか。
その感情を言葉にし、看護として見える形にしていくこと。
それこそが、教育者の役割だと私は考えています。
私は以前、ある病院で勤務していた頃にも、患者さんの死を前に涙を流す看護師に対し、周囲のスタッフが冷ややかな反応をしている場面に出会いました。
その光景を見て、とても寂しい気持ちになりました。
人の死に慣れることが、看護師として成長することなのでしょうか。
私は、そうは思いません。
人の死だからこそ、心が動く。
その感情こそが、人に寄り添う看護の原点なのだと思います。
患者さんのご家族にとっても、自分の大切な人との別れを一緒に悲しんでくれる看護師の存在は、決してマイナスではないと私は思います。
もちろん、残されたご家族の悲しみを受け止め、安心して想いを吐き出せる環境を整え、少しでも穏やかな日常へ歩み出せるよう支援するグリーフケアは、看護師の大切な役割です。
しかし、それは経験を積み重ねながら身につけていく高度な実践でもあります。
新人看護師は、上級看護師がご家族へどのように寄り添い、どのような言葉を選び、どのような表情でその場に立つのかを見て学びます。
死後の処置や退院手続きだけを教えて終わる教育では、看護は育ちません。
人に寄り添う姿勢を伝えてこそ、看護は受け継がれていくのだと思います。
私は、涙を流せる看護師を育てたい。
そして、その涙を、人に寄り添う力へと育てられる教育者でありたい。
涙を流すことを否定するのではなく、その涙の意味を一緒に考えられる教育者でありたい。
感情を押し込める看護ではなく、感情を看護へと育てる教育を、私はこれからも大切にしていきたいと思います。
なぜなら、その一人ひとりの看護師の成長が、患者さんやご家族の安心につながり、やがて社会全体の幸せへとつながっていくと信じているからです。
私のミッションは、
「看護の力で、人が幸せに生きられる社会をつくること。」
患者もケアする人もHAPPY!
それが、私の願いです。
