看護師20年、優しさを搾取され続けた私が「自分の人生」を取り戻すと決めた日
はじめに:48歳、夜勤明けのロッカーで
結論から言います。
私はもう、「優しさを搾取される働き方」をやめます。
48歳、看護師歴20年。
やっと、自分の人生を生き直すと決めました。
きっかけは、ある夜勤明けでした。
前日から夜勤を一人で回していました。
本来なら翌朝 7時半頃、
「早番」という形で後輩が来るはずでした。
朝食の準備で一気に忙しくなる時間帯。
正直、そこを一人で回すのはかなりきつい。
でも、来ない。
7時半を過ぎても来ない。
8時になっても来ない。
結局、通常の日勤者が来る8時半になっても、来ませんでした。
上司が電話をかけて、やっと発覚。
「今起きました。これから行きます」
その一言で、全部が崩れた気がしました。
ナースコールは鳴り続ける。
朝の業務は詰まっている。
本来2人でやる仕事を、全部一人で回す。
見兼ねた日勤者も手伝ってはくれたけど、迷惑はかけられないから
「大丈夫です」と言いながら、一人で回した
本当は全然、大丈夫じゃなかったけど。
やっと夜勤が終わって、ロッカーに座ったとき。
体は重くて、頭も回らなくて、
ただ言葉だけが出てきました。
「疲れた」
普段、人のミスを責めるのは好きじゃありません。
自分がミスした時に、
「ほら見たことか」と倍になって返ってくるのが怖いから。
だから、飲み込んできた。
ずっと、何も言わずにやってきた。
でも、その日は無理でした。
同じく夜勤明けの人に、
思わず愚痴をこぼしていました。
すると、その遅刻してきた後輩が、
それを聞いていたらしいんです。
そして――泣きながら病棟に上がっていった。
正直、思いました。
「いや、違うでしょ」って。
普通なら、まず謝るべきじゃない?
ロッカーですれ違ったなら、
一言「すみませんでした」って言うのが先じゃない?
なのに、泣いて被害者みたいな顔をして上に行く。
それって、問題のすり替えじゃない?と感じました。
そもそも、その子が遅刻しなければ、
私は愚痴なんて言ってない。
しかも、その子は一度や二度じゃない。
遅刻や欠勤を繰り返していて、
その理由に「鬱だから」と言うこともある。
もちろん、病気は否定しません。
でも、ずっと思っていました。
「じゃあ、我慢してる側はどうなるの?」と。
フォローする側は、全部飲み込んで、
愚痴すら言ってはいけないのか。
それは本当に“優しさ”なんだろうか。
その時、初めて気づいたんです。
私は「優しい」のではなく、
ただ、自分を後回しにしていただけなんだと。
思考停止という名の「安定」に浸かった20年
正直に言うと、
私はこの仕事が嫌いなわけではありません。
忙しくても、
同じ方向を見て、みんなで動く。
「今日こそ定時で帰ろう」と声を掛け合い、
それが実現したときの達成感。
あの瞬間は、嫌いじゃなかった。
だから、ここまで続けてこれたんだと思います。
でも、最近は少し違う。
ミスをしてもどこか他人事の後輩。
責任を曖昧にする人。
自分の軸ではなく、
他人軸で動く人。
「なんで?」と思うことが増えました。
もちろん、そうじゃない人もいる。
できないなりに必死に成長する後輩。
こちらを助けてくれる頼もしい存在。
そういう人たちもいるからこそ、
余計に考えるようになりました。
「私は、このままでいいのかな」と。
これまで、辞めたいと思ったことがなかったわけではありません。
でも結局、続けてきた。
その理由は、安定です。
毎月の給料。
社会的な安心。
その環境に甘えて、
未来を考えることを後回しにしてきました。
「みんなも我慢してる」
「今さら他の仕事は無理」
「とりあえず今はいいか」
そうやって、自分に言い訳をしてきました。
完全に、思考停止でした。
そんな私に変化が起きたのは、去年です。
めまい。
関節の痛み。
代謝の異常。
ホットフラッシュ。
更年期のような症状が出始めました。
体力でカバーしてきた仕事が、
急にしんどくなった。
そのとき、初めて現実を見ました。
この仕事は、体力がなければ続けられない。
じゃあ、もし動けなくなったら?
その問いが、頭から離れなくなりました。
「辞める勇気」より怖かったもの
私は、働きたくないわけではありません。
ただ、
この働き方しか選べない状態が怖くなったんです。
もし看護師ができなくなったら。
そのとき、一番怖いのは――
好きなものを諦めることでした。
家族。
ペット。
推し活。
旅行。
自分にとって大切なもの。
それを手放さなければいけない未来。
働けない=収入がない。
収入がなければ、選べない。
選べないということは、
妥協するしかなくなるということ。
それが、何よりも怖かった。
だから思いました。
動けるうちに、
選択肢を持たなければいけないと。
これは逃げではありません。
未来の自分が、
ちゃんと選べるようにするための行動です。
境界線は「冷たさ」ではなく「誠実さ」
私はずっと、優しい人でいようとしてきました。
でも今は思います。
優しさは曖昧で、
時に人を壊します。
空気を読んで、
誰かの代わりに動く。
それは一見、良いことのように見える。
でも実際は、
都合のいい人になっていただけでした。
だからやめました。
全部を受け入れることを。
その代わりに始めたのが、
境界線を引くことです。
できることと、できないことを分ける。
そして、きちんと伝える。
後輩への関わり方も変えました。
正解を与えるのではなく、
考え方を一緒に作る。
賛否はあります。
でも、それでいいと思っています。
全員に好かれる必要はないから。
それよりも、
自分をすり減らさないことの方が大事です。
看護師という仕事は、
どうしても“何でも屋”になりがちです。
他部署からの丸投げ。
理不尽なクレーム。
セクハラ。
本来おかしいことが、
「仕方ない」で片付けられる現場。
でも、それを全部受け入れる必要はない。
そう思えるようになりました。
おわりに:自分の経験を「価値」に変えていく
これからは、
看護師だけに縛られない生き方をしていきます。
今も発信はしていますが、
正直、軸はブレていました。
でも今ははっきりしています。
昔の自分に向けて届けたい。
我慢が当たり前になっている人へ。
それは優しさじゃないかもしれないと、
伝えていきたい。
私はまだ途中です。
でもだからこそ、
リアルを届けられると思っています。
この経験を、
誰かの選択肢を増やすきっかけにする。
そしていつか、
「好き」を諦めない人生を当たり前にする。
そのために、私は動きます。
最後に
もし今、あなたが
「なんで私ばっかり」と思っているなら。
それは、気のせいじゃないかもしれません。
その違和感を、
どうか無視しないでください。
あなたの人生は、
あなたのものだから。
ここまで読んでくれたあなたへ
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もし今、少しでも
「これ、自分かもしれない」
そう感じたなら、
その感覚はきっと大事にした方がいいと思います。
私はこれから、
・看護師としてのリアル
・優しさに搾取されない考え方
・自分を守るための選択
こういったことを発信していきます。
まだ途中だからこそ、
リアルな試行錯誤をそのまま届けます。
もしよければ、
「スキ」や「フォロー」で
応援してもらえると嬉しいです。
同じように悩んでいる人に届くように、
これからも言葉にしていきます。
これから、少しずつでも
自分の人生を取り戻していきましょう
