むかしカラスは白かった【月記】【TAKE2】
岐阜県美術館にモンスーンに吹かれに行ってきたばかりだ。思っていたよりもかなり早い段階でワンゲシ・ムトゥが出てきて私を伸して去って行ったので正直あまり記憶がないが、もし彼女の作品群に貴方が何かばつの悪さのような、とても居た堪れないような不快感を喚起されたなら貴方の「私」にもきっと一定のクリーンさが付いて回っているということなのだろう。
そういった意味で私は食育と称して子供たちに鶏を育てさせ食らわせることに一定の厭らしさを覚えないではなかった。私たちの殺生と肉食文化は確かに隠れもなき事実で、“牛は地球上でも最も惨めな部類の動物”であるかもしれないけれど、そこを敢えて切って開いて詳らかにする要綱には一見一種の英雄的露悪性向を感じずにはいられない。鶏の他に食べるものがない状況かどうかを加味しない点も、文化教育を感じずにはいられない。
この話がどうせ最後には零でも百でもないほどほどが良いのだというところに収まることを念頭に置いた上で問えば、私たちはあらゆるものを知るべきなのだろうか? あらゆるものに持てる力で須く反応すべきで、あらゆるものに反応する力を須く持っておくべきなのにしないというのは不作為に当たるのだろうか? 私はそうは思わないが。
(…… …出た。
異世界の超常現象出た…!
あかん。だめなんだよおれ…
未だこういう異世界の超常現象見ると、どうしても…
どうしても…金のかかったコントに見えてしまう…!)
アフリカのチケットで入れる岐阜県美術館の所蔵品展示の中にはオディロン・ルドンだけの部屋があった。『絶対の探求……哲学者』がなかったので私は『アポロンの戦車』ばかりを見ていた。
思い出すのは古代ギリシャ研究家の藤村シシンさんのことだ。アポロンはかつてコロニスの不貞を告げたカラスを黒く塗った。日本の主な同人ではこの時カラスが黒く塗られたのはアポロンに嘘を言ったからということになっているが、古代ギリシャの同人では本当のことを言って黒く塗られている。
『眼に見えぬ世界は存在しないのか……』。アポロンがなぜカラスを黒く塗ったのかはアポロンであるがゆえに謎めいている。しかし、コロニスが不貞を働いたのはいつだろうか? もしカラスが眼で見たものを墓の中まで持っていって、私たちとオウィディウスとを含む誰にも告げていなかったなら、不貞は今もあったと言えないのではないのか。
今年の市県民税の通知が来たが、碌なものではなかった。私はふるさと納税が私を除いた誰の為になっているかを知らない。「眼に見えないが存在する世界」という領域についてはっきり意識したのは『もののけ姫』のエボシ御前だが、思えばそれ以前から、『めだかボックス』の安心院さんであったり、『チェンソーマン』のチェンソーマンであったり、『オナニーマスター黒沢』の滝川マギステルであったり、どれがきっかけになっていても不思議でないような物語は通ってきたものだ。それはまた別の話だが。
モンキー・D・ルフィや夜神月や明神冬悟がいかに私たちにもわかる努力を紙面外でしてきたかということを今は話さない。それは、提示されないものが「見えている人」と「見えていない人」がいるという、正義に関する話であって、「みんなに」見えていないものは「みんなが」見えるようになって初めて実は存在していたと言えることとは別の話だからだ。そういった意味で、ジェフ・ホーキンスの言うところの“世界モデル”こそ私たちが普段見ている世界だと仮定することに異論はないし、逆に言えばトール・ノーレットランダーシュの言うところの“外情報”がなかったところで、やはり私たちは物語を読むのに差し支えないということを示唆している。
物語を読むのにあらゆる情報は必要ない。さて、改めて問いに戻るが、なぜあなたは世界を救わないのか。それはきっと差し支えないからに違いない。
「そんな装備で大丈夫か」
「大丈夫だ、問題ない」
私には一発芸の用意がない。「何か面白い話をして」と実際に言われた経験を持つ身として、そろそろ落語の一題でも暗記しようかなどと思ったこともあったが、結局その計画は立ち消えになった。その理由はどうということもない。見ず知らずの他人に笑いを求められたのがそれ一度きりだったからに他ならない。
私たちは差し支えないように生きていると言ってもいい。ようにというのは、差し支えを解消して回るという意味ではなく、差し支えを迂回して通るという意味だ。実際私は一目散だった。面白い話を用意しておくことによって得られる便益が、面白い話を用意しないままでいることによって受ける損失を補って余りあるようなことがあれば、私だってべしゃりの勉強など喜んでしただろう。しかし、そういうことにはならなかった。大喜利なしでも生きるのに差し支えなかった私は今もこうして大喜利ができない。何ならJAZZもできないし、余裕資金もない。
思い出すのはプロトポロスのパノプティコンでのことだ。「教えてあげる」ことに潜む暴力性をあの事件は端的に表している。私たちは差し支えなしで生き通せるだろうか?
私たちが誰かにものを喋るとき、その機能はただ情報伝達に限られるというのでは三流だ。『世界はなぜ地獄になるのか』を本棚に並べる身として、不貞を働いた著名人に寄せられる「不貞けしからん」ツイートには毒のある喜びが往々にして潜伏していることを断っておかないわけにはいかない。そもそも「相手が対応すべき問題を増やす」というのは優秀な兵法だ。ことによれば私たちはただ取り囲んで話しかけるだけで敵を弱らせることができるのに、その上めいめいがめいめいに仕事を押し付けて行くのなら鬱陶しさは一入だ。
オディロン・ルドンの部屋にはエドヴァルド・ムンクの『叫び』もなかった。私が世界を救わないのは、良心の呵責が世界を救わないままでいることによって受ける損失を補って余りあるほどではなかったからだが、何しろ『贈与論』は届き、私には新たな問題が立ち上った。
「あなたのためを思って」という修飾句がカバート・アグレッションの常套句に成り果てた昨今である。わかったところで避けられるようなものでもないが、それでも手口が割れた詐欺など三流だ。真の詐欺たるもの、もっと、わからなくなければならない。カモにも、岡目にも、欲を言えば詐欺師本人にも、それが詐欺だとはわからないようなものが望ましい。
(めちゃくちゃ悪い男) 誘ってくる
(めちゃくちゃ悪い男) 誘ってくる
(めちゃくちゃ悪い男) 誘ってくる
妙なもの売るために お前は来た
「いまだにオルカンなんぞを買っているヤツは無知でバカ」という類の言説を私は真面目に聞かないことに決めている。これはオルカンの性能がいかに論を俟たないかとかそういうレベルの話ではなく、そういうことを言うヤツはどうせ最後にはオルカンに代わる妙な商品を出してくるか、最後まで十年前にオルカンを買っておかなかった愚痴のヴァリエーションしか出ないかのどちらかだと私が思うようにしているというだけの話だ。なぜそんなに器の小さいことをしているのかと訊かれれば、器が小さいからだと答えるほかない。
妙なもの売りに来た男は黒く塗られるのがいい。妙なこと言いに来た男も黒く塗られるのがいい。取り囲まれて話しかけられるだけで私は弱るのだから、初めから眼で見て避けられるように塗り分けられているのがいい。とはいえ、周知の通り、ここには重大な見落としがある。
この話には重大な見落としがある。それは周知の通り、オルカンを誰が私に教えたかということだ。私はデイトレードにめちゃくちゃ向いていない。何なら不動産投資にも、ほとんどの労働にも向いていない。投資信託のインデックス型が私にとっての最適解の一つだというのはそういう理由だが、これは要するに、オルカンを選ばなかった場合に生じていた数々の差し支えがオルカンを選ぶことで免除されたということであり、オルカンを選んだことによって得られた便益がオルカンを選ばなかったことによって受ける損失を補って余りあったということでもある。そういった意味で、オルカンを私に教えた男、「めちゃくちゃ良い男」の話をしないのは正義に悖る。来月は良い男について書く。
【参考・引用】
ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)『サピエンス全史(上)――文明の構造と人類の幸福』(柴田裕之 訳)河出書房新社
荒井小豆(原作)&ジアナズ(作画)(2026)『異世界ありがとう』第85話 小学館(参照日2026年6月8日)
ゲームさんぽ /ライブドアニュース(2022)『【医術の神】古代ギリシャ研究家と見る『FGO』の英雄たち #04【アスクレピオス編】』https://youtu.be/iGKPmgu_21k?si=mT4Mue9w_lc6xxL0(参照日2026年6月10日)
ジェフ・ホーキンス(2022)『脳は世界をどう見ているのか:知能の謎を解く「1000の脳」理論』(大田直子 訳)早川書房
トール・ノーレットランダーシュ(2002)『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』(柴田裕之 訳)紀伊國屋書店
crim(2018)『エルシャダイ公式トレーラーe3 lucifel_pv 1080p free』https://youtu.be/p96ortn0ots?si=aybW-CMhSxJqGlG7(参照日2026年6月10日)
迫稔雄(2016)『嘘喰い』第41巻 集英社
橘玲(2023)『世界はなぜ地獄になるのか』小学館
坂本慎太郎(2014)『めちゃくちゃ悪い男』zelone records
