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山と食欲とパニック障害~私が登山を始めたワケ~

みなさんは趣味を見つける時はどのような方法で見つけますか?
いろんな習い事に行ってみる。
好きでやっていたら趣味になっていた。
友達や家族に勧められて。
など様々だと思います。
私はというと、登山を始めたのは登山そのものというよりは、おいしいご飯が食べたかったからです。

10年ほど前、私はある病気のため通院をしていました。
それはパニック障害という病気で、常に不安を感じて閉塞感がある所がダメになったり、そういう場所に行くと極度に不安に襲われて、呼吸がしずらくなり、いわゆる過呼吸になっていたりしていいました。私はこういう傾向があったけれど、他にも症状は様々で、苦手な場所人によって違います。

ある日、いつもと同じく病院が終わり、病院の向かい側にあるショッピングモールの中でリハビリがてらぶらぶらすることがルーティーンになっていた。
この場所は高校生の時からなじみのあるショッピングモールで、大学生の時はアルバイトもしていました。そんな場所を自由に歩けなくなる日がくるなんて思いもしなくて、情けなくて、悔しい気持ちでいっぱいでした。
初めのうちは入口から数メートル入っただけで引き返していたぐらい商業施設が怖かったのですが、この時は多少不安を感じるけど、隅々まで行けるようになっていました。その日は比較的静かな本屋を回ってみることにしました。小説を読むのが好きだったけど、パニック障害になってから活字を読むのが辛い日も多くなり、マンガを読むことが多くなりました。
本屋をぶらぶらしていると、立ち読み用の冊子が紐でぶら下がっていました。
そのマンガのタイトルは「山と食欲と私」。
初めて見るマンガでだけど、表紙の女の子がすごくおいしそうにご飯を食べていました。会社員をしながら単独で登山をしておいしいご飯を山頂で食べるというお話でした。
1話目では行動食にはおにぎり、頂上ではインスタントラーメンを作って食べていました。
な、なんておいしそうなんだろう・・・。
と病気のせいで忘れかけてた食欲がふつふつとわいてきました。
最近は不安で食事がうまく喉を通らず、食事を残しがちでした。食事というものがここ数年負担でしょうがなかった。
でも、このマンガを読んで、山頂でごはんが食べたい!と思って、まずはレジに列ができてないか確認しに行きます。その頃、レジに滞在する時間も長い列に並んでじっとするのも辛かったからです。
その頃はネット通販もあまりしておらず、すぐ読みたいという気持ちもあって、レジに人が並んでないことを確認すると急いで1巻を握りしめ、大嫌いなレジに向かいました。早く帰って続きを読みたい!
家に帰るとむさぼるようにマンガを読みました。
何をしてる時でも頭の中の隅ではいつも不安が渦巻いている感じだったのに、そんなことを感じないくらい病気を発症してから初めて本に夢中になれました。
読み終わると同時にこれは山に行くしかない!と思った。
山へ登って頂上ならなにも気にせずおいしいご飯が食べれる気がした。
幸運なことに旦那が学生時代山岳部だった。前からたまに山の番組を見ながら、山に登りたいな~と呟いていたことがある。
旦那に早速、「山に登っておいしいごはんが食べたい!」と言った。
今までしょんぼりしながら毎日を過ごしていた私を見てきたので、少し面食らった表情の旦那。
今日、病院の帰りにこんなマンガ見つけて読んだら、食欲がわいてきて、山に登ってご飯が食べたくなった!と言って、マンガを見せると
「なるほど。山に行くのは全然いいけど、体調は大丈夫なの?」
といわれ、はっとした。
本屋でこのマンガを見つけて、食欲がわいて完全に舞い上がっていた私は自分の今の状況をすっかり忘れていた。
途中で具合悪くなったら、自力で下山しなくてはならない。
他の人に迷惑をかけるかもしれない。
でも、建物の中は不安だけれど、外を歩くのは比較的平気で散歩もするようにしてるし、ヨガ教室に行けなくなったけれど、行けたときのためにストレッチや簡単なヨガはつ続けてる。
なによりも、久々にわいてきたこの食欲を無視することはできなかった。
旦那にもマンガを読んでもらったら
「道具もかなり準備しなくちゃならないし、荷物も重くなるから最初は辞めたほうがいいかも。おにぎりでも十分おいしいよ」
と言われ、おにぎりを持っていくことにした。

私は天気のいい週末を待ちながら、毎日のようにそのマンガを読んだ。

登山に行くのに家にリュックがないのに気づき、登山経験豊富な旦那と買いに行った。靴はとりあえず家にある履きなれたスニーカーにした。

リュック、靴、帽子、飲み物、お菓子、おにぎり。
病気をしてからなにかを楽しみに待つことなんてなかった。
むしろ予定を組むと、その日が近づくたびにその用事を無事乗り切れるのか不安感が増して、辛かった。
今回も不安はもちろんあるけど、登れるだろうかという不安よりも頂上で食べるごはんはどんな感じなんだろう?という気持ちでいっぱいだった。

登山決行日はGWが始まってすぐに決まった。

旦那が選んでくれた山は初心者でも登りやすく階段で整備されている部分もある山頂まで45分ぐらいで登れる山だった。

当日、車で登山道の入口付近の駐車場に車を止め、準備をして歩きだす。
目の前の山を見ると、山らしい形をした山だった。あのてっぺんまで登るんだよね?自分の足で登れるのだろうか?不安が沸いてでてくる。
しかし、山の中に入ると葉が風でこすれる音や鳥たちのさえずりに耳かたむけ、時折見かける草花を見つけては、なんの花だろう?と考えたり、息が上がって呼吸を整えるのに必死で、だんだん不安はやわらいでいった。
途中、水分補給がてら休憩をする。
心臓がバクバクして、汗もダラダラ。だけど気持ちいい。
この数年、パニック障害で全身が心臓になったみたいにドキドキすることが何回もあった。同じドキドキでもこんなに心が清々しいのは不思議だった。

けれど、いくら登っても登っても山頂に着かない。
辛い、辛すぎる・・・。
なぜ、こんな辛いことをみんなやっているのか。
てゆうか私、なんで山に登ってるの?
そうだ、おいしいごはんを食べるためだ。
でも、足がなかなか前に進まない。
旦那に「あとどれくらいで着く?」と聞くと
「あと少し」と言われる。
あれ?10分前も同じような話をしたような。
「さっきもあと少しって言ってたけど、まだ着かないよ?」
「あと少しと思えば頑張れるでしょ?」
と言われた。まぁそうだけど、辛くてしょうがない私は正直イラっとした。
だけど、山に来たいと言ったのは私だ。ここでイラつくのはなんか違う。
でも、嘘ついてるじゃんと思いながら歩き続ける。
いつしか階段がなくなり、木の根が地面をはっている登山道になった。
前を歩く旦那を見ると最初は苦しそうだったものの、昔を思い出したのか慣れた足つきでひょいひょいと登っていく。
それに比べて私はヘロヘロでよれよれだ。
その時旦那が
「あ、山頂見えてきた!!」と言われた瞬間、最初に思ったことは
やったー!!やっとごはん食べれる!だった。
もう、私の心の支えはそれしかなかった。
よれよれの状態で山頂に着き、景色もそこそこに座る場所を決めて座る。
待ちに待った山めし。何度も読み返したあのおいしそうなシーンを自分が体験できるんだ!と思いワクワクしながら、自分でにぎったおにぎりのアルミホイルの包みを開く。のりがペタリとなったおにぎりにかぶりつく。
旦那に「念願のご飯の味はどうですか?」と聞かれ
「おいしい!」と言ったが心の中では、なんか懐かしい。と思った。
あれ?なんか母のにぎったおにぎりに似ている。
アルミホイルの包み、ぺったりしたのり、塩加減、握り方、外で食べる空気感。
あー。運動会か。
私は運動会がだ嫌いな子供だった。でも食べるのが好きだったから、お昼の時間が楽しみだった。母の運動会の定番弁当はしょうがの効いた唐揚げとアルミに包まれたおにぎりだった。
そうだ、私は食べるのが好きなのだ。何年も忘れてた。
子供の頃は体が弱いにも関わらず食に対する執着がすごかった。
お腹がすくとすぐ機嫌が悪くなり、車の中でもどういう動体視力をしているのか自動販売機を見つけて、「ジュース!ジュース!」と大騒ぎしてる子供だったらしい。
大人になってからも食べることが大好きでいろんなお店に行ったり、旅行でも食事に妥協はしたくなかった。
でも、パニック障害になってからは、不安で食事が喉を通らず、外食しても不安でお店から出たくなり、食事に対して食べなきゃというプレッシャーから、余計不安になりどんどん食に興味を失うどころか恐怖を感じていた。

私が本来持っていた食欲が山頂まで連れてきてくれた。
山頂で景色を眺めながら、おにぎりを頬張り、登ってきた行程を振り返った。
不思議なことに登山中すっかりパニック障害のことを忘れていた。
永遠と続くような気がした辛い階段、緑のきらめき、名前の知らない花、木の根、鳥のさえづり、旦那の優しい嘘への苛立ち、ケガなく無事下山することだけを考えていて、その全てにパニック障害はいなかった。
そして地上にいるときより、本来の自分でいれるような気がした。

ヘロヘロで下山をして膝が笑ってもう一歩も動けないくらいになり、二度と登らないと思っていたのに、GW中にもう一回登った。
それから、登山の虜になり、靴やウェアを買いそろえ、旦那といろんな山に登り、カップ麺やレトルトカレー、インスタント麺などを食べた。
残念ながらマンガのような凝った料理をすることはなかったけど、山頂でウィンナーをを焼いたり、コーヒーを入れたりした。どれも地上より何倍もおいしかった。

何回も登って感じたことは地上でどんなに不安でも山にくると不思議とその不安はやわらいでいた。しかも頑固な肩こりがあるのだが、登山をすると全くなくなっていた。歩くたびに脳にたまっていた不安や雑念などのゴミが出ていく感じがして、歩くたび心が少しずつ軽くなるような気がした。


私は登山でパニック障害を克服しましたと言いたいところだけれど、現実はそう甘くない。
いつもの生活では不安がつきまとうし、体調の波もよくあった。
でも、登ることはやめなかった。
それからカウンセリングなんかもうけ、パニック障害は寛解していった。

今も山に登りたい気持ちはあるけれど、東北は熊が多数出没し、なかなか気軽に登れていない。
熊は人間が登山という娯楽を始める前から山に住んでいるので仕方がないし、人間は自然に生かされているので、自然の流れに身を任せるしかない。
私は登山をする時には山には入らせてもらってる感覚でいる。

自然はいつだって誰にでも平等だ。
いいことも悪いことも。そして完璧じゃなくていいことも。
あの日、忘れていた食欲を思い出させてくれた。
不完全な私も受け入れてくれた。

私は今年も途中で辛くなるのが分かっているのに山に登る。
完璧じゃなくていいことを確認しに。




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