見出し画像

隠キャのふるさと(わたしを構成するカルチャー)

「私を構成する9つの漫画」というものがちょっと前に、Xで流行りました。
このお題、上手いな、と思うのが、「好きな漫画」ではなくて、「自分を構成する」漫画というところね。

ただエンタメとして消費してるだけじゃなく、いかに人格形成に影響を与えられたか、というような意味なんだと思います。

自分も漫画っ子の端くれとして、うんうん悩みながら、ようやく9つ絞り出したんですが、


まー、作風から何から、バラバラ。週刊少年ジャンプ、週刊モーニング、りぼん、ガロ、、「潔く柔く」と「コジコジ」はどこの連載誌だ?

でも共通してるな、というところもあって。

・ねこぢる
・HUNTER×HUNTER
・コジコジ

この3つは自分のなかで共通項があって、

それは、描かれてるのが、質の違いはあれど、「不条理」で「モラル」のない世界だ、というところにあります。

わたしの性格は、陰か陽かでいうと、陰出身です。

円満とは言えない家庭環境を背景として育ち、その後バチバチに厳しい全寮制の中高一貫校に進学したことを決定打とし、友人も上手く作れず、鬱々とした思春期を過ごしました。

そうなるとおのずと、 

ポップなもの、明るいもの、わかりやすいもの、正しいとされるもの

には共感しにくい体となってしまい、結果、それとは真逆の

どこか暗いもの、わかりにくいもの、善悪や倫理を超えているもの

にリアルを感じる10代を過ごすようになっていきます。にゃーことにゃったが、犬を竹槍で刺しながら「死ね!」とか言ってるのを見ると、なんか癒されるようになっていく。
it'a true wolrd.狂ってる?それ、誉め言葉ね。(2chコピペより)

大きく影響を与えたのは、さきほどの3つの漫画を含めた、たくさんのカルチャーです。

当時、触れたものは他にも、
角川ホラー文庫とか(真っ黒な装丁のやつ。机に置いておいたら母親に本気で心配された)、キャラクターだと、グルーミー、音楽は、たま、谷山浩子、cocco、鬼束ちひろ、初期の椎名林檎、文学だと、谷崎潤一郎、太宰治、江戸川乱歩、寺山修司など。
まあ、よくある感じですね。

坂口安吾の評論で「文学のふるさと」という文章があるんですが、

むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが、唯一の救いなのであります。モラルがないということ自体がモラルであると同じように、救いがないということ自体が救いであります。

 私は文学のふるさと、或あるいは人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる――私は、そうも思います。

https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/44919_23669.html

文学というもの、そして人間のふるさと(生まれた場所)は、モラルのない世界にこそ、あるのだと言っているんですね。
この文章に、わたしはすごく共感しました。

そんなダークなわたしも成長して、社会に出て、いろんな人間と関わりながら生きるようになっていく。そうすると、いろんなことがわかってきます。

人の温情に助けられたり、強さの中にある弱さとか、痛みを抱えながら輝く人とか。
「明るく元気に!」といくら言われても響かなかった(むしろ嘲笑っていた)隠のわたしが、
「己の中の痛みは消えないが、明るい方に行きたいものだなあ」と自然と考えるようになっていきました。

それまでは手に取ることもなかった、バスケ漫画の王道「SLAM DUNK」もその時期に読んで、めちゃくちゃ心震わせました。漫画の一つの頂点なんじゃないかと思ってます、SLAM DUNK。(その話はまた別の機会にしたい)

なので、いまのわたしは、(今のところ)犬を竹槍で刺したりはしないですが、そういうアンモラルな世界を心のふるさととして、大事に持ち続けています。







この記事が参加している募集