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ホルクハイマー、アドルノ『啓蒙の弁証法』 読書感想文 - 批判されとんのはおまいらやねん

キーワード:フランクフルト学派、アドルノ、ホルクハイマー、『啓蒙の弁証法』、カント、サド、『ジュリエット物語又は悪徳の栄え』、文化マルクス主義、陰謀論、参政党



はじめに

そういえば、先日の国会の代表質問で、参政党の党首が、「フランクフルト学派やアントニオ・グラムシの理論に基づく、いわゆる文化的マルクス主義(Cultural Marxism)とも呼ばれる思想潮流が…」とかいう質問をしたそうだ。

フランクフルト学派やアントニオ・グラムシの理論に基づく、いわゆる文化的マルクス主義(Cultural Marxism)とも呼ばれる思想潮流は、暴力革命ではなく、価値観・言語・教育・文化などを通じて既存の社会構造の変革を目指しているとされ、特に米国では一九六〇年代以降、大学、マスコミ、法曹界、政府機関などにこうした思想が浸透し、リベラルの名の下に家族制度・宗教・国家意識といった伝統的価値観を相対化、矮小化してきた。文化的マルクス主義は、従来の共産主義のように「党」や「革命」といった明示的な形を取らずとも、制度の内側から価値基盤や社会秩序に影響を与える「構造的変革」を目指している。

参政党 神谷宗幣の質問主意書より

米国において、「文化的マルクス主義」と呼ばれる思想潮流が、大学・メディア・法曹界・教育制度等に影響を与えているとの分析がある。こうした海外における思想的動向について、政府としてどの程度把握・認識し、分析・評価の対象としているか示されたい。

参政党 神谷宗幣の質問主意書より

えー、そういうことを言う人がいることは知ってます。文化的マルクス主義陰謀論とか、ミニチーノ論文とかいう。

まったくのトンデモだから、真に受けたらだめだよ。
アドルノもポパーも、ナチズムへの反省を込めて、あいまいな陰謀や凡庸で自己目的化した権力を批判しているんです。
文化的マルクス主義陰謀論というのは、ベトナム戦争下のニクソン政権時に文化的、経済的、軍事的にも敗北を味わったアメリカのタカ派右派のやけくそ政治カルトでしかなく、こんなものをまともに相手にする人はいない。

なんかいいたきゃちゃんと勉強してから言えよというと、クソリベなんだそうですよ。そうですか。クソですかはいはい。
ということで、今回はアドルノとホルクハイマーが1944年に書いた『啓蒙の弁証法』の読書感想文です。


啓蒙の自己破壊的弁証法

じつのところ、われわれが胸に抱いていたのは、ほかでもない。何故に人類は、真に人間的な状態に踏み入っていく代わりに、一種の新しい野蛮状態へと落ち込んでいくのか、という認識であった。

アドルノ、ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』(岩波文庫、徳永恂訳、p.7)
向かって左がホルクハイマー、右がアドルノ(1964)

『啓蒙の弁証法』の中心命題は、「神話はすでに啓蒙であり、啓蒙は再び神話に転ずる」という逆説にある。人間は神話から脱却し理性による支配を進めるが、その理性すなわち啓蒙が絶対化されると、新たな神話のごとき権威へと転化するというのだ。
本論である「啓蒙の概念」に続く「補論Ⅰオデュッセウスあるいは神話と啓蒙」において、アドルノとホルクハイマーはその原型をホメロスの『オデュッセイア』に見る。英雄オデュッセウスは神々や怪物を理性によって利用し、自己保存を果たすが、その合理性は同時に支配の技術でもあった。その合理性が自己保存を超えて支配そのものを目的化するとき、啓蒙は再び野蛮に堕ちる。オデュッセウスの理性は、例えば魔女キルケーを従わせる支配、巨人ポリュペーモスを弄ぶといった犠牲の上に成り立つ。
『啓蒙の弁証法』では、こうした啓蒙と神話的暴力の循環を偶然の逸脱ではなく、啓蒙理性に内在する必然的帰結と定位する。そしてその歴史的極点が、啓蒙の祖国ドイツにおける20世紀、ナチズム、そしてアウシュビッツをはじめとする大量虐殺という野蛮として現象化したと批判した。


カントの二重性

『啓蒙の弁証法』はまず『オデュッセイア』の分析を通じて、理性による自己保存の技術がいかに支配と暴力を内包するかを描き出した。だが批判は古代の寓話にとどめない。
『啓蒙の弁証法』が次に向けるのは、18世紀に啓蒙理性をもっとも徹底して体系化した思想、すなわちカントの思想である。

ご存知、イマヌエル・カント

カントは、個の自由と連帯に根ざした市民社会の道徳を基礎づけようと企てた。そのために、経験世界の因果律だけでは捉えきれない理性の根拠を確保する必要があった。そこで彼は、理性が自らを立法する場として、理性が自らを立法する超感性的な次元、すなわち「叡智界(英:intelligible world、独:intelligible Welt)」を想定しその企てを支えたのである。
カントの定言命法「なんじの意志の格律がつねに同時に普遍的立法の原理として妥当するように行為せよ」とは、この構想のもとで普遍的に妥当する道徳法則を提示しようとした試みであり、単なる抽象的な規範ではなく、市民社会に普遍的な道徳を根付かせるための企てであった。

カントが王権や宗教的権威、特定文化に依らない市民道徳を確立しようと企てたその歴史的意義は認めなければいけない。実際に、日本の戦前戦後、例えば西田幾多郎などの日本のカント研究は真善美という概念と禅的な精神性との融合が図られている。我々にとってカントの定言命法は、西欧という枠を超えた普遍的な道徳の核心として解釈されてきた。
しかし、その普遍性の根拠を叡智界という超経験的領域に求めざるを得なかった点で、結局は形而上学的構造から完全に脱却できていない、とアドルノとホルクハイマーは批判するのだ。

科学自身は自己についての認識を持たない。科学は一箇の道具である。しかしながら啓蒙とは、真理を科学的体系と同一視する哲学である。この同一性を基礎づけようとする試みを、カントはまだ哲学的意図に基づいて企てたのであったが、こういう試みは、科学的には何の意味をも生み出さない諸概念に到達する。なぜ科学的意味がないかといえば、それらの概念は、単にルールに則って理性の技術的行使をあれこれ指示するに止まらないからである。科学の自己理解という概念は、科学そのものの概念に反する。> カントの仕事は、単なる操作としての経験を超え出ている。だからこそ、今日それは啓蒙によって、彼自身の原理にしたがって独断的なりとして否定されることにもなる。カントは科学的体系こそ真理の形態であることを確認するという成果を収めたが、それによって思考はそれ自身の無効性を証明することになる。なぜなら科学とは技術的訓練であり、体系の圧迫の下にある他の作業様式と同じく、自己自身の目的を反省することから遠く隔てられているからである。

アドルノ、ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』(岩波文庫、徳永恂訳、p.185)

つまり、カントの定言命法は プラトン的形而上学を継承せざるを得ない。
カントが道徳的であるということに関して厳密であるならば、それは以下の二つの側面に分解できるはずだ。すなわち一つは、個の思想と連帯という市民革命以降のヒューマニズムの方法論的側面、そしてもう一つがプラトン以降の形而上学的枠組みへの準拠である。
『啓蒙の弁証法』におけるカント批判は、ナチズムによるカント、ヘーゲル以来のドイツ観念論の断絶と、そしてアウシュビッツの地獄を経て、後者に向かう。
「それは絶対の定言命法ではない。形而上学という前提を必要とした仮言命法なのでは?であるとしたら、真善美は偽と悪とグロテスクでも、啓蒙主義は成立してしまうのでは?」
この点をマルキ・ド・サドの『ジュリエットあるいは悪徳の繁栄』を題材に分析したのが、本書「補論Ⅱジュリエットあるいは啓蒙と道徳」である。


ドイツ観念論 meets フレンチ・ポルノ

『ジュリエット物語又は悪徳の栄え』(1797年)は、マルキ・ド・サドが書いた長編で、姉妹篇『ジュスティーヌ物語又は美徳の不幸』(1791年初版)と対をなす作品である。美徳を貫くジュスティーヌが迫害され破滅するのに対し、ジュリエットは殺人・放縦・背徳の限りを尽くしながら社会的に栄達していく。すなわち、美徳は不運を呼び、悪徳は繁栄をもたらす。この逆転こそが作品の挑発であり、道徳法則の保証を信じる啓蒙的理性に正面から反旗を翻す作品なのである...

と大真面目に書くと、なんだかすごい思想小説のように思えるかもしれないが、そこはやっぱりサドである。ある時は南仏の農家の納屋で、ある時はベスピオ火山の火口のそばで、繰り広げられる乱交と拷問と殺人、そして荒唐無稽な冒険。各エピソードの合間には、十八世紀革命期の進歩派パンフレットさながらの無駄に理屈っぽい文章が挟まるんだが、その量の多寡においてジュスティーヌはサド初期の作品『ソドムの百二十日』(1785ごろ)、ジュリエットは同時期に書かれた『閨房の哲学』(1795)にへのつながりを感じさせる。
それぞれの特徴としては、ジュスティーヌが団鬼六の小説のヒロインのように「イヤッ!ダメ!」と嘆きながら雷に打たれて死んだり(複数の版があって、版ごとに多彩な死に方が楽しめる)するのに対し、ジュリエットは春川ナミオのイラストのヒロインのように悪辣で常に勝利し、美酒に酔いしれるという違いがあるぐらい。お好みに合わせてどうぞ、私はどっちも好きです。

アドルノもホルクハイマーも、まじめな人だったはずだ。射程は当時のドイツにおける重苦しいナチズムへの内省的批判である。なのに、なぜサド、フレンチポルノなのか。
だいたい1944年以前に、大真面目にサドを哲学的テクストとして読もうとした人がいたのだろうか。サドを思想研究のモチーフとして読み直したのは、サルトルとボーボワール、バタイユなどが思い浮かぶがいずれも1950年代。アドルノとホルクハイマーの試みは、その後のラカンなどによるサドの哲学的読解の先駆けであったといえる。


サドをカントのパロディとして読解する

アドルノとホルクハイマーがこの補稿で注目するのは、カントの定言命法が「なんじ自ら欲するところを普遍法則とせよ」という形式原理による普遍化という形式に依拠している点である。
この原理は、カントの意図によれば経験的欲望や恣意的利害を排除し、道徳を純粋理性の立法作用に根拠づけるはずだった。しかし『啓蒙の弁証法』の視点から見れば、この形式性は一つの危険を孕む。すなわち、形式そのものが目的化すると、いかなる内容であれ理性的な法則として承認され得るという可能性である。ここに、啓蒙理性が自らを裏切る構造が生まれる。

この問題を最も鮮烈に映し出すテクストとして、アドルノとホルクハイマーはサドの『ジュリエット』を読解した。
ジュリエットは拷問と殺人を無秩序に繰り返すが、その都度、十八世紀革命派的な合理的言説を挿入し、自らの行為を「普遍的法則」に見せかけて正当化する。そこに浮かび上がったのは、道徳法則を保証するはずの理性の形式が、不道徳そのものを普遍的に承認する論理に転化してしまうという逆説である。

…ジュリエットが体現しているのは、心理学の用語で言う、昇華されないリビドーでも、退行したリビドーでもなくて、退行への知的喜び、「神への知的鰹」ならぬ「悪魔への知的愛」、つまり文明をそれ自身の武器を逆手にとって撃つという快楽である。彼女は体系と一貫性を愛する。彼女は合理的思考の道具を見事に使いこなす。 克己という点では、時として彼女の教示はカントの教示に関りを持ち、それはいわば応用と原則との関係になる。「だから徳は」とカントは言っている。「それが内的自由に基づくかぎり、人間に対してある肯定的な命令をも含んでいる。すなわちそれは、人間のすべての能力と性向とを理性の力の下に、したがって自己自身についての支配へともたらせ、という命令であり、人間のさまざまの感情や性向によって支配されてはならない (無感動の義務)という禁令の上につけ加えられるものである。なぜなら理性が統御の手編を手に握らないかぎり、感情や性向が人間の上に君臨することになるからである。」ジュリエットは犯罪者の自己訓練について教えをたれている。「まずあらかじめ二、三日かけてあなた方の計画を練ってごらんなさい。その計画のあらゆる帰結をよく考え、何があなた方に役立ちうるか……何がひょっとしたらあなた方を裏切ることになるかを細心の注意を込めて吟味してごらんなさい。そして発見されることは覚悟の上といった冷徹さでもって、これらの物事を検討してどらんなさい。」

アドルノ、ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』(岩波文庫、徳永恂訳、p.201-202)

つまり、サドの『ジュリエット』は、単なる逸脱したポルノ小説としてではなく、カント的形式主義の極限的帰結を戯画的に示すパロディとして読むことができるということだと思う。無秩序な拷問や殺人が道徳のかたちを借りて理性的に承認されてしまうという皮肉を、アドルノとホルクハイマーはこのテクストに見出したのである。この皮肉を提示することで、啓蒙の理性が自らを暴力と支配に転じさせてしまう危険を告発するのである。


陰謀論はクソリベの内在的パロディだ

参政党党首が8月1日の国会質問で披露した「文化マルクス主義」陰謀論を覚えているだろうか。フランクフルト学派が西欧文明を破壊するために文化的工作を仕掛けているという、アメリカの保守派から輸入された俗説である。

しかし、ここまで見てきた『啓蒙の弁証法』の実際の内容は、そうした陰謀論とはまったく異なる問題意識に貫かれている。アドルノとホルクハイマーが告発したのは、外部からの「文化破壊」ではない。啓蒙理性が自らの論理によって自らを破綻に追い込む、内在的な矛盾構造である。

この視点から現代を見渡すと、むしろ「理性的アホ」とでも呼ぶべき破壊現象の典型こそが、陰謀論者たちではないだろうか。
彼らは「真実を追求する」という啓蒙的ポーズを取りながら、実際にはあいまいで単純化された因果関係に飛びつき、複雑な現実を見ることを拒否する。制度的裏付けやポリシーの検証もあいまいなまま、外国人排斥やマイノリティー蔑視を「合理的判断」として正当化する。

陰謀論者とは、いわばリベラルのパロディである。しかしこのパロディは外部からの模倣ではない。戦後日本のリベラル言説が共有してきたエビデンス主義・科学主義・合理的判断重視という形式が、内容から切り離されて極端化した姿なのだ。カント以来の啓蒙の知的態度の形式が、市民革命以来のヒューマニズムという精神的基盤を失って独り歩きした結果である。

まさにこの「形式の独り歩き」を体現しているのが、反ワクチン論者の振る舞いであったように思う。
例えばだ、コロナ禍の中、反ワクチン反マスクの人たちが一様に言ったこと。「論文を出せ」。
あのなあ、学術論文というのは、特に医療のジャンルにおいては、母集団に対するサンプリングの適合性を統計的手法により厳密に検証したうえでの前提付きのエビデンスなのだ。そうした母集団=現実との接合性の複雑さは、当該の学会と適応フィールド内でしか評価されえない。これはどんな学会でもそう。私が所属する各森林学会やその関連の分科会でもそう。だから論文一本に四苦八苦するのだ。
それを門外から一読して都合のいいエビデンスにしちゃおうという安易な姿勢こそが、アドルノとホルクハイマーをはじめとするフランクフルト学派、その代表作である『啓蒙の弁証法』において批判されているのだということを、国会質問をした参政党党首は知るべきだ。
批判されとんのはおまいらやねんぞ。

サドが十八世紀の啓蒙的言辞を借りて残虐行為を正当化したように、現代の参政党のような勢力もまた、理性的思考の形式を借りて、本来なら疑うべき偏見を無批判に受け入れてしまう。アドルノとホルクハイマーがカントでサドを読解したように、真面目に不真面目を読解することで見えてくるのは、こうした啓蒙の限界である。


ジンテーゼなき弁証法

アドルノとホルクハイマーがこの問題を深刻に受け止めたのは、それがナチズムを許容してしまった社会への内省的批判だからである。啓蒙理性が自らを裏切って暴力に転化する構造は、決して歴史の彼方の出来事ではない。現代の「理性的アホ」たちもまた、同じ論理構造の上で、排外主義や権威主義へと向かう危険性を孕んでいる。「科学的根拠」や「合理的判断」を錦の御旗に掲げながら、実際には複雑な現実を単純化し、異なる意見を持つ者を敵視する。この道の先にあるのは、いずれナチズムのような全体主義である。

そのもっとも凡庸で滑稽な現れが陰謀論であり、文化マルクス主義陰謀論を国会の場で取り上げる参政党党首である。
注意しなければいけないのは、それは外部からの攻撃ではなく、リベラリズムの内在的欠陥が生んだパロディにすぎないということだ。だから陰謀論、参政党こそ、実は俺のような「クソリベ」なのだ。

『啓蒙の弁証法』が最終的に提示するのは、ジンテーゼなき弁証法という誠実さである。ヘーゲル的な弁証法であれば、テーゼとアンチテーゼの対立から、より高次のジンテーゼが生まれるはずだった。だがアドルノとホルクハイマーは、そうした楽観的な解決を拒否する。啓蒙理性の矛盾は解消されるべきものではなく、矛盾として抱え続けるべきものなのだ。

簡単な答えも、陰謀論的な悪者探しもしない。ただ、理性の内なる矛盾と向き合い続けること。この終わりなき自己批判こそが、啓蒙が再び野蛮に転落することを防ぐ唯一の方法である。
テーゼとアンチテーゼの間で、俺らは永遠に「クソリベ」のまま矛盾を抱えてジタバタするしかない、それが『啓蒙の弁証法』なのである。


参考文献

  • テオドール・W・アドルノ、マックス・ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』(1944年)徳永恂訳、岩波文庫

  • ホメロス『オデュッセイア』松平千秋訳、岩波文庫

  • イマヌエル・カント『純粋理性批判』(1781年)篠田英雄訳、岩波文庫

  • イマヌエル・カント『実践理性批判』(1788年)波多野精一・宮本和吉・篠田英雄訳、岩波文庫

  • マルキ・ド・サド『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』(1791年)佐藤晴夫訳、未知谷

  • マルキ・ド・サド『ジュリエットあるいは悪徳の栄え』(1797年)佐藤晴夫訳、未知谷

  • シモーヌ・ド・ボーヴォワール『サドは有罪か』(1951年)白井健三郎訳、現代思潮社

  • ジョルジュ・バタイユ『エロティシズム』(1957年)酒井健訳、ちくま学芸文庫

  • 西田幾多郎『善の研究』(1911年)岩波文庫


ケンミンの焼きビーフンにピーマン入れんといてや

むつかしくて複雑なことを都合よく簡単にしちゃうと、それは暴力になるよ、っていう話でした。君たちケンミンの焼きビーフンの具がキャベツだけやったらおかんに文句言うやろ?それはおかんの暴力にほかならないからだ。ということで次回に続く。

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