映画感想文『瘋癲老人日記』(1962)-老いと死とフェチとアホ-
実は今年で還暦です。周りには若く見られるようですが、実態は以下です。
細かいものがよく見えません。集中力が続きません。階段を上がると息が切れます。ご飯を食べると眠くなる。朝はやたらと早起きですが夜8時を過ぎると眠くなる。腰が痛い。肩より上に腕が上がらない。疲れやすく、休んでも疲れが取れない。ご飯もおやつもたくさん食べられないし、お酒がまったく飲めなくなりました。
若い人の気持ちがわからず、意思疎通がむつかしい。人の名前も顔も覚えられない。テレビを見ていて二人組の若い女性歌手が出てくると「これは姉妹か?」とつぶやく。プロ野球や大相撲の解説に「ちがうやろ!そこはバントやろ!」「上手からいかんかいアホ!」と腹を立てるばかりかつい口に出す。NHKの動物番組のダジャレに腹を立てる、もう二十年も視聴しているのにです。
ケーキ屋さんで「モンブラン」という単語が出てこないので「そのモンなんとかってやつをください」と注文したりする。
今時は60歳なんて言うのはまだ若いです、まだまだ現役で頑張る年代です。しかし、そのぐらいの年齢になると親や叔父叔母、兄弟や従兄弟たちは少なくなってくる。自らがこの調子ですから、少しずつですが「老いと死」というものを意識せざるを得ない。
で、先日大映1962年作品『瘋癲老人日記』という映画を鑑賞しました。原作は言わずと知れた谷崎潤一郎。今日はこの映画を通して、自らの「老いと死」について見つめてみました。
結論を先に書きます。「老いとは孤独な営みであり、フェティッシュであり、つまるところ「アホ」である。」

原作の構造、「アホやなあ」という視点の仮置き
『瘋癲老人日記』は1962年、大映で映画化された。監督は木村恵吾、主演は山村聰と若尾文子。同年代の谷崎作品の映画化として市川崑監督の『鍵』(1959年)があり、比較するとちょっとおもしろい。
まず『瘋癲老人日記』の原作について。
本作品の原作小説は77歳の老人・卯木督助のカタカナ書きの日記形式で綴られ、最後は周囲の人々の手記で締めくくられる。前者が歴史的仮名遣いで、後者が新仮名遣いで書き分けられているという小説的仕掛けもある。

谷崎がこの形式を選んだ理由を考えたい。
あらすじはだいたいこんな感じ。
「督助は息子の嫁・颯子の足に執着する。家人や実の息子や嫁を顧みず、若い嫁にお金を貢くことで、お風呂をのぞかせてもらったり足を舐めさせてもらったり。死期を悟った督助は自らのお墓選びを始めるが、颯子の足型で仏足石を作りその下で永遠に眠りたいと言い出す。崇高な理由をつけて、仏教的な意味づけまでして、しかし結局は足の裏に朱墨をタンポでペタペタやる行為に夢中になって、それで興奮のあまり血管が切れる。」

仏像が作られる以前、釈迦を直接形象化することを避けた時代に、足跡によって釈迦の存在を象徴的に示したもの。日本では奈良の薬師寺のものが最古とのことです。
うん、アホやね。
谷崎の自嘲は、まさにこの「アホや」という地点まで自分を突き放して見せることにある。そのためにカタカナ書きをしているのは、石川啄木の『ローマ字日記』のローマ字表記にも少し似たニュアンスがあると思う。あれも中身ひどいもんな。
この小説がすごいのは、徹底的にアホになるために「アホやなあ」と見下す視点を仮置きしているところだ。SMクラブに行ったことのある人ならわかると思うが、本当にアホになりきる、自らをアホと徹底的に自認するには「アホやなあ」と見下してくれる外部の視点が必要なのだ。颯子はその視点を担う装置として機能している。
重要なのは、颯子には人格が必要ないということだ。むしろ人格があったら邪魔になる。颯子が何を考えているかが見えた瞬間に、話は別のところに行ってしまう。マゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』においてワンダは人格を持った存在として描かれ主人公との間に相互性があるが、谷崎の颯子にはそれがない。
『鍵』との比較、相互性の有無
市川崑の『鍵』と比較すると、この構造がより明確になる。原作は同じく谷崎潤一郎である。

まず原作について。
『鍵』は夫婦の日記が交互に語られることで、互いの欲望が絡み合い、影響し合い、変容していく。夫の策略が妻に影響を与え、妻の変化がまた夫を刺激するという、エスカレートしていく相互作用がある。
『瘋癲老人日記』にはその相互性がない。督助は颯子に何を与えても、颯子から何かを受け取ることがない。金を貢ぐ、足を舐める、足型をペタペタ取る。督助の欲望は一方的に流れ出ていくだけで、颯子からは「アホやなあ」という言葉以外は何も返ってこないのだ。
ここに、谷崎が晩年に感じた老いの孤独が凝縮されているのではないだろうか。
督助の欲望が一方通行で、どこにも届かず、何も変えず、ただ空転して、最後に足型取りで血管が切れる。その孤独な滑稽さが谷崎がカタカナで、しかもいかにも谷崎という歴史的仮名遣いで自らを自嘲してまでも描きたかったものではないだろうか。

奥さんに洋酒を飲ませる→奥さんお風呂で倒れる→写真撮影というルーティンが、
お互い「見られるはずのない日記」というメディアを通して相互了解行為になっていくプロセス。
おお怖わ
映画版について。
映画版における中村鴈治郎が演じる夫は、欲望を内に秘めて崩さない。これが積み重なって、最後に血管が切れて不随になる。崩さないからこそ、内側で何かが膨れ上がっていく感じが出る。その鬱屈たるや。中村鴈治郎は黒縁メガネの奥で目を血走らせ眉毛をぴくぴくさせるわ、京マチ子は最初は徐々に、やがてビシバシと熟女の色香を炸裂させるわ、うーん、さすが名優。
関西弁の「アホやなあ」
この若尾文子の「アホやなあ」について、大映作品にして谷崎潤一郎原作のもう作品の一つ『卍』(1964)との比較もおもしろい。

『卍』において、若尾文子演ずる光子は、自分に翻弄される岸田今日子演ずる園子、船越英二演ずる園子の夫、川津祐介演ずる光子の婚約者、みんな「アホやなあ」と突き放して見ている。光子自身は巻き込まれているようで、実は観察者の位置にいる。周囲の人間が自分のために狂っていくのを、どこか醒めた目で見ている。この視点があるからこそ、みんな安心して同性愛やマゾヒズムに狂うことができるわけだ。

日本映画史上、岸田今日子が怖いという点で勅使河原宏監督『砂の女』(1964)と並ぶ問題作である
『瘋癲老人日記』の颯子も同じ構造だ。どちらも若尾文子が演じる女が、周囲を「アホやなあ」と突き放す視点を担っている。そして、その「アホやなあ」と見る側には人格が要らない。彼女たちは欲望の対象であると同時に、周囲の「アホさ」を映し出す鏡である。

「アホやなあ」
大阪弁で語られる若尾文子の「アホやなあ」。この破壊力。
京マチ子にも山本富士子にも、東映の佐久間良子や日活の浅丘ルリ子にもできない芸当だ。後年の東映リメイク版『卍』(1983)での樋口可南子の「アホやなあ」が肉薄していたように思うが、高瀬春奈の圧倒的ボリューム感に押しつぶされていたのが残念である。

この作品の見どころは、高瀬春奈の体積である。
その圧倒的な画面占有体積の違いは、この画面のケシの面積差からしても明白である。
なお、この映画はかなりオリジナル脚色がされており、単なる原作翻案やリメイクではない。
フェティシズムと老いの構造
そしてフェティシズムについて。
おじいさんが色ボケの脚フェチで血管プチッっていうのは、市井の巷ではよくある話だと思うけど、なんで日本文学の重鎮たる谷崎潤一郎がそんなもの取り上げるのか。確かに『刺青』『春琴抄』『痴人の愛』など、フェチとマゾヒズムっていうのは谷崎の持ち味ではあるんだが、『瘋癲老人日記』ではその耽美が描写されず、描かれているのはアホさなのだ。
人間の性愛というのは、カップルだったり、家族だったりという対象がある。ところがフェチっていうのは、きわめて個人的な性愛の在り方で、対象との相互性を必要としない。足なら足、その部分だけがあればいい。相手の人格や応答は関係ない、むしろ邪魔になる。老いも死も同じで、誰とも共有できない、きわめて個人的な営みである。どれだけ人に囲まれていても、老いていく身体、死に向かう身体は自分だけのものだ。
人間はほかの誰かと誰かと「共に生きる」ことはできても、老いと死そのものは分かち合えないのだ。
谷崎はそれをわかっていて、このフェチの構造を老いと死のアナロジーとして適応したんじゃないだろうか。颯子の主観的視点を入れなかったのは、入れたら嘘になるからだ。老いと死とフェチの孤独は、誰かの視点で相対化されえない絶対的な孤独なのだ。
お湯をぶっかけられて泣きながらネトラレを認めさせられる山村聰
それにしても山村聰である。これさ、よくやったなあ。だって山村聰だよ?
『蟹工船』(1953)の監督だとか、演じては小津安二郎の『早春』(1956)とか『トラトラトラ』(1970)の連合艦隊山本五十六だとか、お茶の間では『非情のライセンス』(1973~1980)だとか、知性派、紳士、重厚、そういうイメージですよ。それが本作品当時52歳で25歳上の半身不随の老人に扮し、嫁の足に縋り付いて舐め回し泣きながらお湯をぶっかけられ、間男とのネトラレ関係を認めさせられ、金を貢ぎ続けるんです。どうしても「色ボケ爺さんのコメディ」に見えかねない。

ワクテカっぷりがすごいです。
山村聰よくやったよこれ
いずれにせよ、1962年の映倫基準で、ここまで踏み込んだ描写をしたことは評価に値する。これを撮った木村恵吾も、演じた山村聰も、相当なものだ。
さすが山村聰だなと思うのは、この映画、このマゾヒズム描写がなければ、ラストの「足の裏の拓本取りで血管が切れる」という流れが成立しないんです。なにしろ、アホが描写されていはいるがその耽美は描写されていないからです。徹底的にアホの深みにはまっていく過程がなければ、ラストの破綻が唐突になってしまう。
原作と映画のエンディングの違い、秋風の中のアホ
この作品のおもしろいところの一つが、原作とのエンディングの違いである。
原作では、督助は足型取りに夢中になって血管が切れる。そこで彼の日記が途切れ、看護師による現代仮名遣いの手記に切り替わる。督助の消息は不明である。
内面をカタカナ書き歴史的仮名遣いで語り続けていたのが、最後は他者から現代語で観察される客体になって終わる。ある意味なんとも残酷なエンディングだ。

ある意味たいへんに幸せな老境である
一方で映画版のエンディングはこうだ。
督助は一命をとりとめる。医者に「生きているのが不思議な身体状況なのに変態性欲への情熱が彼を生きながらえさせている」と評される。スクリーンに現れる山村聰演じる督助は、採取した若尾文子演ずる颯子の足の裏の拓本に夢中で、むしろ生き生きとしている。室内に吹き込むさわやかな秋風、舞う拓本を追う山村聰。爽やかだ、実に爽やかに映画は幕を閉じる。
これは、永田雅一体制下の大映の悪い癖、文芸路線のはずなのにどこかで「客が喜ぶ」方向に舵を切ってしまう傾向の表れだ。市川崑の『鍵』もそうで、最後に北林谷栄演ずるお手伝いさんがトリックスターになり悪い奴がみんな死ぬみたいな変な「やりすぎ」が原作の小説的構造をぶち壊してしまった。
このエンディングをまじめに批評するなら、大失敗だということになる。原作で表現されていた破滅、老いてなお消えない欲望への執着、死を前にした生への渇望、その切実さを一切放棄し、自嘲の部分だけを掬い取って「ほら、こんな滑稽な爺さんですよ」と見せてしまった。谷崎が自嘲的という手段で表現しようとしたものは、全部こぼれ落ちている。
しかし私はこのエンディングを評価したい。
原作の「アホが極まって破滅する」は、アホにとっては確かに一つの理想だ。欲望の果てにはどこかに希死願望がある。しかしその先があってもいいじゃないか。死は生への再生儀式だ。死を経て、欲望を抱えたまま再生し、足の裏の拓本を追いかけて生き生きしている、その姿は督助へのシンパシーにおいて我々にとっての救いだ。
老いの課題は、結局のところ、孤独の中でどう生きるかである。もちろん連帯が必要だとか、誰かに支えられてとか、そういう老いの語り方もある。
しかしこの映画のエンディングは違う。秋風の中で一人、足の裏の拓本を追いかけている督助。誰とも共有できない欲望を抱えたまま、肉体は限界を超え、それでも生き生きとアホのまま生きている。
それもまた一つの理想的な老境といえなくはないか。

山村聰よくやったよこれ
この映画を際立たせているのがフィルムについて。大映カラーことイーストマンカラーだと思うんだけど、あの独特の色調が、本作では見事に機能している。夏のパートでは、特有の濃厚な発色が督助の性的欲望の毒々しさを画面に焼きつける。若尾文子の肌、浴室の湯気、足に縋りつく山村聰の汗ばんだ顔。すべてがねっとりと重く、老人の執着の生々しさが色彩そのものから立ち上ってくる。
ところが秋のパートになると、画面のトーンは一変する。色褪せた光の中で、督助は一人、拓本を追いかけている。あの濃厚さが嘘のように、画面には乾いた風が吹いている。誰とも共有できない欲望を抱えたまま、肉体は限界を超え、それでも生き生きとアホのまま生きている老人の孤独が、秋の褪せた色調の中に静かに定着している。ということで次回に続く。

